【日本三大山城】美濃国岩村城の歴史と日本史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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飯高観音の僧が兄が亡くなったため、変身し美濃国明知城の城主になって活躍。

加藤景廉の嫡男遠山景朝が最初に岩村城を築城して、明知城・苗木城を築城して恵那地方に幾多の城を築いて治めてた。      岩村城は元治元年(1185年)源 頼朝が全国守護・地頭を置いたとき、重 …

岩村城女城主の夫の先祖が『神』になって祀られている八幡神社・武並神社を観光しよう

岩村城(別名 霧が城)は日本三大山城の中でも一番高い標高717mです。   幼き頃は歴史も何も知らず、ただお城山と言って「ソリ」遊びをしたり棒切れを持ってチャンパラをしたり、学校から冬場のス …

三十三観音巡りは岐阜恵那三十三霊場を「ぶらっと遍路」して御朱印帳をもらおう

岐阜県内には観音さんをお参りするところが、西濃と東濃にあります、それだけ西の大垣城、東の岩村城と言われてることから、お寺さんが多いことだと思います。     恵那三十三霊場に対して …

鎌倉時代にどうして岩村に城が築かれたか?

岩村城に加藤景廉が登場した経緯、源 頼朝から遠州浅羽、伊豆牧之郷等と美濃国岩村の所領を与えられる。   加藤景廉(1166年〜1221年)は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけた武将で鎌倉幕府 …

気になる大給松平家の岩村藩と西尾藩の関係とは?

2018/04/11   -お城, 未分類, 西尾城

名鉄新安城駅から本線から別れていく三河線の途中にある西尾市、駅からさほど遠くないところにある西尾城。 三河国の西尾藩と岩村藩の関係。 西尾藩は、幾たびか城主が替り廃城となったりしても、大給松平家が江戸 …

歴代藩主:松平家乗・丹羽氏信・松平乗紀等移封して来た菩提寺と徳祥寺の【第一関】扁額。

2018/04/06   -岩村城, 未分類

松平家乗は天正3年(1575年)生、大給松平家第5代松平真乗の長男、母は戸田忠重の娘、正室は石川康通。幼名は源次郎。   戦国時代から江戸時代前期にかけての武将、大名。天正10年(1582年 …

日本三大山城の岩村城主「田丸直昌」。秀吉の恩義を貫いた男の中の男、本物の武士。

田丸の長刀はというと、加藤景廉公が源頼朝から拝領した刀です。      田丸直昌が岩村城主だった時、慶長5年(1600年)9月15日の関ヶ原の合戦には、在城した。     …

岩村町の夏祭りは熱い「承久の乱」とは?朝廷&武士の戦いで藤原信能を祀ってある「若宮さん」神社。

巌邑神社(若宮さん)に後鳥羽上皇の忠臣一条宰相中将藤原信能卿が捕らえられ遠山景朝に斬首され合原亡骸が祀ってある。 これは、後鳥羽上皇が鎌倉幕府が倒れたとき、政権を朝廷に取り戻そうと号令をかけた一幕であ …

信長と信玄の戦いに翻弄された女城主 怨み言葉を残して信長七年後に本能寺で死す。

信長に政略結婚をさせられ、武田軍の秋山に攻められたときも、援軍は来ず味方の兵士も助けたい一心で秋山と結婚。     元亀3年(1573年)信玄は西上作戦を開始する前に、木曽義昌と遠 …

岩邑に極楽寺があって飯高部落に満昌寺 いまは幸せを呼ぶ明智線「極楽」駅に観光客が殺到

2018/03/10   -未分類

極楽寺跡から遺跡でるわ、出るわ。広大な敷地跡から出土品が出た。  極楽寺と言う名の寺は全国に370を超す〔全国寺院大艦〕。 ネットで見ると最初に出てくるのが、名古屋市大須の「極楽寺」です。 &nbsp …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。