美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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岩村城の女城主「おつやの方」は甥の信長に政略婚に使われ非業の最期遂げる

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  学生の頃、この岩村城本丸は悪ガキ達の遊び場で、高校の時タバコは吸うは酒は飲むはチャンバラごっこはするは、昔は雪が多かったので冬は手製のソリで下まで滑ってたし、藩主邸の近くではスケートをやって遊んで …

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家康が名刀 童子切安綱を次男・義伊松に餞別に渡したとされるが行方は?

 天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦い後、調和条件として秀吉のもとへ養子を差し出すことになった家康。   当初は、家康の異父弟にあたる松平定勝(実母・於大の方と再婚した久松俊勝の子) …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。