美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

応仁の乱で東軍についた太田道灌は足軽の少数精鋭・奇襲・集団戦法を編み出す

   足軽は、鎌倉時代(1185年〜1333年)にはすでに存在していたと言われています。     騎馬戦や個人戦が多かった時代から、歩戦による集団戦闘が主流になった鎌倉時代末期以降 …

岩村城下町は寺院多いが二代藩主・丹羽氏定が建立した七面山・妙法寺

  岩村城は敵が攻めて来た時、霧ヶ井戸に城内秘蔵の蛇骨を投じるとたちまち山全体が霧に包まれて城を守ったという。 蛇骨は二の丸の宝蔵に収蔵されており虫干しをした記録が残されている。 そのため別名・霧ヶ城 …

渋沢栄一パリ帰還後徳川慶喜に会いに行って静岡藩に勤務を命じる

 将軍・慶喜にパリ万博を進められ、将軍の弟・徳川昭武の随員として渋沢栄一(当時は篤太夫)がパリ万博へ、幾人もの王・銀行家・貴族らの西洋人との接点を得てきて学んできた。     日本 …

ガラシャの嫁ぎ先の細川家の家系図をみると清和源氏の流れを汲む血筋

   細川ガラシャが嫁いだ細川家は、加藤清正が中世城を取り込み改築した平山城で、清正改易後は細川氏が肥後熊本県の熊本城の城主で明治維新を迎えました。     また、今上天皇は父・明 …

義経と静御前の出会いと別れは一途な白拍子の純粋な愛

   義経と愛妾・静御前の話はどこまで知っていますか? 歌舞伎でよくやっていますので興味深いので掘り下げてみたいです。     どうして義経が兄・頼朝により討伐されなければいけなく …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。