美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

豊臣秀吉の人たらし術とは?天才的な人心掌握エピソード5選

豊臣秀吉の「人たらし術」エピソードは、歴史上の人物の中でも群を抜いて豊富ですよね。 軍師や側近たち以外にも、秀吉の凄みが伝わるエピソードはたくさんあります。 秀吉の凄さは、単に「優しい」だけではなく、 …

紫式部と親交のあった女流歌人・赤染衛門ー藤原道長の正妻・源倫子と彰子に仕えた女房

   赤染衛門の生涯は、平安時代中期の女流歌人であり、藤原道長の妻・源倫子とその娘、中宮・彰子に仕えた女房です。     紫式部は同時代の女房で、一緒に学問を指南し合い交流を深めた …

浅井久政は六角の養子?徳川家光の曾祖父が辿った生涯と最新再評価(33文字)

1573年9月23日(天正元年8月27日)、北近江の戦国大名・浅井久政(あざい ひさまさ)は、織田信長に追いつめられた小谷城の小丸にて、息子の長政に先立って静かにその生涯を閉じました。   …

朝倉義景の最期とは?賢松寺での自決と裏切った朝倉景鏡の末路

越前の名門・朝倉家の第11代当主であり、一乗谷に華やかな文化を咲かせた朝倉義景。 足利義昭を保護するなど圧倒的な権勢を誇った朝倉義景ですが、なぜ織田信長によって追い詰められ、滅亡の道を辿ることになった …

前田利家はなぜ柴田勝家を裏切ったのか?賤ヶ岳の戦い・撤退の真相と「天秤」にかけた男の苦渋の決断

「勝家への恩義」と「秀吉との友情」、そして「前田家の存続」等を考慮した結果。  ▲前田利家は勝家か秀吉かイメージイラスト   天正11年(1583年)の「賤ヶ岳の戦い」が近江国(現・滋賀県長 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。