美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

明智光秀の本能寺の変・・・徳川家康の異様の行動三日間の伊賀超えとは

の事件(本能寺の変)は不可思議といっていい程不思議な事件だと思います。 事実は曲げられて伝えられて、憶測で物語が作られています。     光秀が大軍を引連れて「敵は本能寺」といって …

尾張藩の「姫」岩村藩へ輿入れ:わずか4ヶ月後岩村は「県」となって岩村藩の終焉

 嘉永6年(1853年)、アメリカの「ペリー」率いる艦隊が日本に開国求めて浦賀に来航したことを発端にして、徳川家による江戸幕府の統治体制が崩壊しました。     慶応3年(1867 …

承久の乱で頭角を現した美濃国・岩村城主・遠山景朝と朝敵・一条宰相信能

   遠山景朝は父・加藤景廉の働きで頼朝公より岐阜県恵那郡の遠山荘の地頭を賜ったが、自身は頼朝の意向によって鎌倉に留まって頼朝を助けた。 ▲頼朝が加藤景廉に長刀を渡して、この刀で山木兼隆の首を取ってこ …

徳川家康の次男・結城秀康は関ヶ原の戦い前に上杉景勝征伐の殿軍を務める

家康の次男・結城秀康は父・家康の母・於大の方によって、家康の異父の子の代わり秀吉の養子に出されてしまった不運な人だった。     結城秀康は武勇に優れた義の人だったのに、兄・信康が亡くなって …

ガラシャの嫁ぎ先の細川家の家系図をみると清和源氏の流れを汲む血筋

   細川ガラシャが嫁いだ細川家は、加藤清正が中世城を取り込み改築した平山城で、清正改易後は細川氏が肥後熊本県の熊本城の城主で明治維新を迎えました。     また、今上天皇は父・明 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。