【日本三大山城】美濃国岩村城の歴史と日本史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

未分類

岩村城へのアクセスは?電車で行くなら、車で行くなら駐車場の案内

投稿日:2020年9月14日 更新日:

ようこそ歴史の町岩村町へ

ひと昔前は東海の軽井沢と言われた、のどか田園風景の岩村町(東濃地方)、いまは情報が雑になり身近になった都会と田舎の距離、素敵だった田舎風景も変わり都会も岩村も身近になり昼間の温度は変わりません。

 

標高が高い(城下町は500m〜550m・岩村城本丸は717m)だけ日陰に入ると、涼しいですが暑いは暑いです。

                      ▲⑥付近の道路に埋め込んである標高表示

 

さすが夜と朝は空気が違いますから都会とは違います。

 

岩村町へ来られた皆様に、城下町散策歴史資料館・岩村城登城口の詳しい道案内無料駐車場を詳しく案内しますので、参考にしてください。

 

スポンサーリンク

 

 

 

岩村駅の付近は標高500m。城下町を目指しながら案内します。

まず、地図に番号をプロットしましたから参考にしてください。

   ▲ここに無料駐車場の案内④⑤⑥⑦があります。どこに駐車して城下町をみて回るか決めましょう。

 

まず「岩村」駅 ①を降りると、目の前に山が見えるのがお城山です。

                   ▲明知線「岩村」駅

食堂かわいが右側にあり、その前の三叉路をを右に曲がり、ずっと行っての交差点にきます。

 

 
▲駅前のかわい食堂                ▲を右にまわる

かわい食堂の裏(南側)の道には、方丈記を書いた鴨長明の碑があります。
興味のある方は一度ご覧になるといいと思います。

 

              ▲鴨長明の碑

 

そして③の交差点を左に曲がると、城下町に入ります。

の交差点を曲がらずにまっすぐ行くと、番の現・岩村町振興事務所の無料駐車場があります。

 

ここに車を置いて城下町の入り口から、城山に向かって登って散策して行くと岩村町がなかなかのものです。

 

ここを左折するといよいよ城下町です。

③です。↓

▲この交差点を東(左折れ)すると古い城下町の入り口、まっすぐ行くと現・岩村町振興事務所の駐車場があります。

              ▲現・岩村町振興事務所の無料駐車場です。

 

城下町の入り口を、少し行くと左側に五平餅屋さんがあります。
この店は「恵那」駅歩3分の所にもあり、串団子状五平餅です。

 

 

もう少し登って行くと巌邑天満宮(いわむらてんまんぐう)が北側(左)にあり、ここは1822年(文政5年)木村家6代当主知英さんが福岡の太宰府より勧請※1(かんじょう)して来ました。

※1.勧請とは、神仏の来臨や信託を祈り願うこと、また、高僧などを懇請して迎えること。また、神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること。木村家は本町5丁目にあります。丹羽氏が入封して来たときに一緒にきた商家です。

 


▲福岡の太宰府天満宮                                                   ▲巌邑天満宮

 

巌邑天満宮を過ぎて行くと、右側にまわる桝形の所に来ると道標四面塔があります。

                  ▲道標と四面塔

 

細い石柱の三面に、「是より右みたけ道」「是より左なごや道」「貞享四年八月」の文字があります。

貞享4年は1687年。

 

 

他の一基は1779年(安永八年)の建立。
その近くに1736年(亨保21年)建立の四面の日蓮宗の供養等があります。

 

 

この付近は西町と新町の境で、いよいよ西町→本町と登っていきます。

 

昨年NHKの連続ドラマ『半分、青い。』のロケ地に入っていきます。
ドラマでは「ふくろう商店街」と設定された西町の商店街です。

 

 

その前に無料駐車場の案内をします。
いまの道標を少し行くと三叉路があります、下記の写真を参考にしてください。

             ▲駐車場と小学校に行くには

               ▲駐車場

 

西町・本町方面を行くと、『半分、青い。』のロケ地、仮想商店街「ふくろう商店街」が出てきます。

 

スポンサーリンク

 

 

いまは面影もありませんが、その当時のセットの写真が載ってます。
興味のある方は上記の『半分、青い。』をクリックしてください。

そして西町と本町の境に桝形があります。

 

 

                     ▲桝形地の東側に看板があります。北側に祥雲寺・高札場があります。

祥雲寺のサイトを上記の祥雲寺・高札場をクリックすると詳しいことが書いてありますので、興味ある方はみてください。

 

▲上記の場所が桝形です。岩村名物の水半漬物店の横が祥雲寺・庚申堂でもあります。

               ▲『半分。青い』のロケ地ふくろう商店街

 

ここが城下町中心地で桝形を右に折れて行くと巌邑神社があります。

 

ここには承久の乱後鳥羽上皇の公家一条信能が遠山景朝に斬首され、村人が祠を造って祀ったとされる場所です。

 

詳しいサイトが作成してありますから、上記の承久の乱をクリックして読んでください。 x

 

その巌邑神社の交差点を左に回って行くと、前の恵那市岩村町振興事務所(無料駐車場)があります。

 

            ▲岩村町振興事務所

 

ここを出て上(東)へ行くと裏山という信号があります。

ここまで来ると岩村歴史資料館・岩村城登城口がすぐです。

                  ▲登城口の案内

-未分類

執筆者:

関連記事

恵那市岩村町の誕生は、山上村の土着農民聚落発祥地があったればこそできた町。

我が故郷のことなのに、歴史を知らずに県立岩村高校を出て、いままで何も地元の歴史を知らぬまま卒業したことが情けない。 あらためて本を読んだりして少しでも知ろうと努力した結果、岩村の町は西に位置する山上村 …

信長と信玄の戦いに翻弄された女城主 怨み言葉を残して信長七年後に本能寺で死す。

信長に政略結婚をさせられ、武田軍の秋山に攻められたときも、援軍は来ず味方の兵士も助けたい一心で秋山と結婚。     元亀3年(1573年)信玄は西上作戦を開始する前に、木曽義昌と遠 …

岩村城の祖・加藤景廉がこの地に居を構えた民話と腰掛岩、弁慶杉・鴨長明の言われ

     ※鎌倉幕府時代と岩村。 この物語はいわむら町まちづくり実行委員会「いわむら昔ばなし余話」から引用し「旅人隆太郎君」が主観でつくった文です。あらかじめご了承ください。   …

気になる大給松平家の岩村藩と西尾藩の関係とは?

名鉄新安城駅から本線から別れていく三河線の途中にある西尾市、駅からさほど遠くないところにある西尾城。 三河国の西尾藩と岩村藩の関係。 西尾藩は、幾たびか城主が替り廃城となったりしても、大給松平家が江戸 …

岩邑に極楽寺があって飯高部落に満昌寺 いまは幸せを呼ぶ明智線「極楽」駅に観光客が殺到

極楽寺跡から遺跡でるわ、出るわ。広大な敷地跡から出土品が出た。  極楽寺と言う名の寺は全国に370を超す〔全国寺院大艦〕。 ネットで見ると最初に出てくるのが、名古屋市大須の「極楽寺」です。 &nbsp …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。