【日本三大山城】美濃国岩村城の歴史と日本史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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美濃国岩村城誕生。源 頼朝の重臣加藤景廉が遠山荘の地頭になり、息子景朝が築城。

【なぜ?岩村に城が築かれたのか?】       まず岩村へお越しの皆様に一言、平成16年10月25日に恵那市と合併する前は、岐阜県恵那郡岩村町でした。 人口が減ったおかげ …

信長と信玄の戦いに翻弄された女城主 怨み言葉を残して信長七年後に本能寺で死す。

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美濃国岩村藩の大井宿は中山道46番目の宿場町、本陣跡の観光と甚平坂石仏群。

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飯高観音の僧が兄が亡くなったため、変身し美濃国明知城の城主になって活躍。

加藤景廉の嫡男遠山景朝が最初に岩村城を築城して、明知城・苗木城を築城して恵那地方に幾多の城を築いて治めてた。      岩村城は元治元年(1185年)源 頼朝が全国守護・地頭を置いたとき、重 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。