美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

比叡山延暦寺を焼き打ちにしたのは浅井・朝倉が逃げ込んだだけか?

   姉川の戦いで敗れた浅井・朝倉軍は、その後どうなったか? 一般的に、浅井長政・朝倉義景は「姉川の戦い」で自害したと思っているでしょう。 ところが自害したのは、天正元年(1573年)7月、北近江の城 …

豊臣兄弟の恩人・松下之綱とは?猿と呼ばれた秀吉を救った主君の正体

大河ドラマ『豊臣兄弟』で、藤吉郎がいきなり尾張の中村の実家へ帰って来て小一郎を連れて織田信長の館に連れて行った? ドラマが始まりますが、そんなバカなことはないですよね。 物語は順を追って説明してほしい …

川中島の戦い=八幡原の戦いで武田信玄・上杉謙信のそれぞれの戦術

そもそも、武田晴信=信玄と長尾景虎=謙信との間で川中島の戦いはどうして始まったのか?     天文22年(1553年)に武田信玄が北信濃に出兵した事により始まった戦いです。 &nb …

北条義時の系図と長男・北条泰時(3代執権)の母は八重姫か

   謎を生む鎌倉時代、今から830数年前のことの真実は誰も分からない。     我が故郷の岩村城も築城830数年経っていますが、真実はわからないです。     …

明智光秀と南光坊天海、同一人物説とは?その真相は?

まさか、光秀とあの南光坊天海と同一人物なんて、そんなことはあり得ないと思ってる方が多いはずです。     同一人物か、もしくは同一人物ではないにしろ、なんらかの縁者だと思う。天海が …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。