美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

渋沢栄一はフランス・パリ万博でベルギー国王と銀行家に経済を学ぶ

   渋沢栄一は、幕府のやり方に矛盾を感じ、次第に幕府のやり方に失望していった。   嫁の千代の兄さんである、従兄弟の尾高惇忠等と高崎城を襲撃して乗っ取り計画を立て、横浜にいる外国人を排除し …

中山道宿場町の大井宿の横町、本町、竪町、茶屋町、橋場の旅籠配置図

大井宿とは?どのような宿場か? 恵那郡大井村だから岩村領かと思っていたけど、ここだけは違う尾張藩の管轄だった。     中山道の江戸から数えて46番目の宿場、美濃国恵那郡大井宿は尾 …

比企能員は頼家の乳母父だが3代将軍を巡って北条氏と対立して滅亡

 鎌倉幕府、第2代将軍・源頼家の時、比企能員は、13人の合議制の一人となった。     初代将軍・源頼朝を支えたが51歳で急死、2代将軍・源頼家の乳母父のため頼家を支えて権勢を握っ …

紫式部『源氏物語』若き光源氏を襲う波乱の設定の凄さの相関図No2

 光源氏を襲う波乱を巡る人間関係を見てみよう。 相関図No1で見るように、光源氏は桐壺帝と桐壺更衣の間に誕生したが、3歳の時に母は死んでしまう、桐壺帝は桐壺更衣を失って悲しみに沈んでいた帝であったが桐 …

名家の嫁から謀反人の娘:明智光秀の娘・細川ガラシャの悲劇的な生涯と子供達

細川ガラシャの子供達とは、父・明智光秀の孫たちである。 明智珠(玉)と、彼女の夫である細川忠興の間に生まれえた子供です。     彼らは明智光秀の孫として、本能寺の変やキリスト教の …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。