美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

タモさんもビックリ恵那峡の奇岩怪石巨岩は苗木花崗岩で造られた景勝地

 恵那市は長野県木曽路の入り口、御嶽山は長野県、標高3,067mの霊峰と並ぶ恵那山は岐阜県恵那市と中津川市にかかる標高2,191mの山があります。     恵那山の名前の由来は、古 …

承久の乱で頭角を現した美濃国・岩村城主・遠山景朝と朝敵・一条宰相信能

   遠山景朝は父・加藤景廉の働きで頼朝公より岐阜県恵那郡の遠山荘の地頭を賜ったが、自身は頼朝の意向によって鎌倉に留まって頼朝を助けた。 ▲頼朝が加藤景廉に長刀を渡して、この刀で山木兼隆の首を取ってこ …

東美濃岩村城の誕生以前の岩村町の起源(其の一)

   東濃地方特に岩村町近辺には、古く三万年前には人が住んでいた形跡が石器物の発見によって証明されたという“歴史掘りおこし読本”第2巻に書いてあった。 ※ここに3万年前に発見されときに記事があります。 …

伊達騒動の真相は3代城主・伊達綱宗の放蕩から4代城主・伊達綱村の隠居で終わる

 伊達政宗の父は伊達氏第16代当主・伊達輝宗、母は正室の最上義守(最上氏第10代当主の娘)・義姫で、兄弟姉妹は弟・伊達政道(小次郎)天正18年(1590年)に死去、姉もしくは妹・千子姫、異母兄弟に伊達 …

美濃攻略の要・犬山城!信長が姉を敵回し豊富兄弟と挑んだ数奇な運命

織田信長が美濃(岐阜県)を攻略する上で極めて重要な役割を果たした「犬山城」の歴史。 信長にとっての「美濃攻略」がいかに執念のプロジェクトだったか、そして犬山城が、なぜ「数奇な運命」※1と言われるのか? …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。