美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

応仁の乱が幕開け戦国時代の始まりとなった東軍・細川勝元&西軍・山名宗全が激戦

 応仁の乱とは、室町時代に日本で起こった内乱の一つです。 室町幕府の将軍後継や有力大名の家督争いに端を発し、東軍に細川勝元・西軍に山名宗全ら諸大名が分かれ10年以上に亘って京都を中心に戦を繰り広げた無 …

家康は徳川家の未来を優先して正室・筑山殿と嫡男・信康を犠牲にした苦悩

 ときは天正7年(1579年)の夏、遠州三河で思いもよらない衝撃な事件が起きてしまった。     どういう事件かというと家康の正室・筑山殿と嫡男・信康の死という事件です。 &nbs …

源頼朝・足利尊氏もルーツは同じ清和天皇の血を継ぐ第3代の足利義満は日本の王を目指した

 鎌倉時代をつくった源頼朝、源頼朝を四代さかのぼった源義家の九代目の子孫が足利尊氏です。     足利家が武家の名門だったかというと、先祖・足利義兼が源頼朝の従兄弟だったため、足利 …

なぜ家康は孫娘の夫・秀頼を二条城へ呼び出して会見を挑んだか?

   慶長16年(1611年)に、後陽成天皇の譲位と政仁親王(後の後水尾天皇となる、のちに秀忠の娘・和子と結婚)に即位の儀式が4月12日に執り行われる予定でした。     家康はこ …

織田家の「弾正忠」とは何か?織田信長の家に伝わる“正義の肩書”

 今から約450年前に「桶狭間の戦い」が豊明市の桶狭間で織田信長が今川義元を討ち取った話は大抵の人が知ってますよね。     なぜ、織田氏は今川義元の進軍を黙って通過させなかったの …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。