美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村城下町の旧家・木村邸で銀河鉄道の父の映画撮影をやっていました

 岩村城下町の木村邸で2022年5・6月頃から撮影をしていました。 なんの撮影かな〜と思って聞いたけど近所の人も知らなかったけど段々分かってきた。              ▲枡形地形の所にありました …

名刀「古今伝授の太刀」地蔵行平を細川幽斎が公卿烏丸光広に送った訳とは

細川家伝来の名刀・「古今伝授の太刀」とは? 鎌倉時代に活躍した豊後国の刀工、行平の作。     この刀は、細身で反りが高く、小峰の刀身は平安時代から鎌倉時代初期の太刀の特徴である。 …

江戸時代初期の幕府と朝廷の関係悪化!その変化の理由や背景を探る

   幕府という名の付くのは、鎌倉幕府・足利幕府・徳川幕府の三つです。。 その幕府を開くには征夷大将軍という官職を天皇・朝廷から任命してもらわなくてはなれません。 なれれば武士の棟梁になることです。 …

姉川の戦いで織田・徳川軍と浅井・朝倉連合軍で戦った浅井長政の引き際の良さ

戦国時代の元亀元年6月28日(1570年7月30日)に織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が近江国(現・滋賀県)の間でぶつかった合戦です。 俗にいう「姉川の戦い」です。     従来 …

家臣団に嫌われるも徳川家康と本多正信との関係は良好だったは何故か?

 本多正信は通称を弥八郎と呼ばれていた。 正信の父は本多俊正で、もともと松平家の重臣・酒井忠尚の下で働いていた、忠尚が謀反を起こしたために、共に家康と戦うこともあったが、永禄7年(1564年)9月に俊 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。