美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

応仁の乱を皮切りに戦国時代の前哨戦となるか?細川・山名両氏の戦いで火蓋をきる

  日本には戦国時代と呼ばれる時代がありました。 特に人気の高い時代です。 ですが、歴史区分に戦国時代っていう区分はありません。     日本には、縄文時代→弥生時代→古墳時代(大 …

父・信虎を追放して武田晴信の領土拡大は120万石となって各地に城を築く

戦国武将の武田信玄の領地は、甲斐国を中心に信濃国・駿河国・上野国・飛騨国・美濃国・三河国・遠江国の一部など、9ヶ国に及びました。     最盛期には120万石の領土を有し、武田信玄 …

天才軍師・竹中半兵衛の知略 ! 織田信長が恐れた稲葉山城奪取の真実

織田信長も攻め切れなかった難攻不落の稲葉山城(岐阜城)をたった1日で乗っ取った若き軍師、驚きの竹中半兵衛。     戦国時代には、数多くの名将が現れたが、「頭脳」「智謀※1」だけで …

徳川家康は何故高低差のある地形を利用して名古屋城を築いたのか

 御三家筆頭の尾張徳川家の居城として、慶長15年(1610年)に加藤清正・福島正則など豊臣恩顧※1の西国大名20家に命じ、天下普請として名古屋城の築城を開始し、豊臣方の包囲網と東海道の防衛を固めるとと …

真田幸村は大坂夏の陣で真田丸を造って徳川軍をキリキリ舞いさせる

大阪冬の陣は、慶長19年(1614年)に家康が大阪城に戦いを挑んだ戦いです。     豊臣側に参戦したのは浪人が多く、その中に、浪人五人衆(後藤又兵衛・長宗我部盛親・毛利勝永・明石 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。