美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

飛騨綾小路氏宗家から読み解く飛騨戦国史・三木氏を金森長近が倒して権力交代

   飛騨市古川町には、中世に朝廷より飛騨の国司を任じられた「姉小路氏」、その後に南飛騨から勢力を伸ばし姉小路氏の名跡を継いだ「三木氏」、羽柴秀吉の命を受けて飛騨を統一した「金森氏」という3つの勢力が …

桶狭間の戦いは織田信長と今川義元との死闘の合戦はどういう理由で始まったか?

 永禄3年(1560年)上洛を目指して尾張に侵入した今川義元を、織田信長が雨の降る豪雨の中奇襲をかけて倒したと考えられています。 これが一般に知れ渡っている通説だと思います、   &nbsp …

北条義時とは?頼朝と姉・政子と八重姫と何歳の差があったか?

 北条義時といったら、北条政子の弟だといぐらいは知っています。 何をしたかというと、あまり理解をしてない。     1163年(応保3年・長寛元年)に、北条時政の次男として生まれた …

頼家の乳母父になった比企能員の貪欲までの権力願望で北条氏と対立

   現在では考えもしない乳母集団・・・ 当時は高貴な母親が子供に乳を飲ませる風習がなかったらしい、まして良質な代用乳が得られない時代には乳児の成育に直接悪影響を及ぼし、最悪の場合は命にも関わった。 …

なぜ茶々だけが秀吉の子を生めたのか?豊臣家の秘密と歴史的背景を徹底解説

 茶々(淀殿)は豊臣秀吉の側室となって、秀吉亡き後出家せずに豊臣家の母となって徳川家康と戦い豊臣家を潰した女性です。 そこには茶々の深い想いがあったかもしれません。     義父・ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。