美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村城の遺構がある旧家勝川家の略譜と隣にある浅見家の偉大な与一右衛門

   岩村町を散策したいと城下町を岩村駅から登っていくと、途中に“巌邑天満宮”があり、さらに“かんから屋”を左手に通り過ぎると、枡形地形の通りに出ます。     さらに登っていくと …

岩村町の三森山は信仰の山、救いを求めた大圓寺・富田地区の住民たち、恵那山と天照大神。

三森山は町民の信仰の山、岩村城と並んで立っている。   その岩村町三森神社の由来と恵那山の由来。   三森神社のことを地元(現・岩村町富田)の人は、”三森さん“;とこんなふうに呼ん …

信長と信玄の戦いに翻弄された女城主 怨み言葉を残して信長七年後に本能寺で死す。

信長に政略結婚をさせられ、武田軍の秋山に攻められたときも、援軍は来ず味方の兵士も助けたい一心で秋山と結婚。     元亀3年(1573年)信玄は西上作戦を開始する前に、木曽義昌と遠 …

岩村遠山氏を軸に十八支城の一つ苗木城の創築者と城主は

遠山氏になってのは、初代・遠山景朝に始まった。 景朝の父・加藤景廉が岩村を統治する前に、この岩村の地に来て、現・岩村町山上の邑長の山上元岩村町長の先祖に頼まれて山賊・野武士を退治したという伝説がありま …

紫式部『源氏物語』若き光源氏を襲う波乱の設定の凄さの相関図No2

 光源氏を襲う波乱を巡る人間関係を見てみよう。 相関図No1で見るように、光源氏は桐壺帝と桐壺更衣の間に誕生したが、3歳の時に母は死んでしまう、桐壺帝は桐壺更衣を失って悲しみに沈んでいた帝であったが桐 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。