美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村城下町は寺院多いが二代藩主・丹羽氏定が建立した七面山・妙法寺

  岩村城は敵が攻めて来た時、霧ヶ井戸に城内秘蔵の蛇骨を投じるとたちまち山全体が霧に包まれて城を守ったという。 蛇骨は二の丸の宝蔵に収蔵されており虫干しをした記録が残されている。 そのため別名・霧ヶ城 …

尾張藩の「姫」岩村藩へ輿入れ:わずか4ヶ月後岩村は「県」となって岩村藩の終焉

 嘉永6年(1853年)、アメリカの「ペリー」率いる艦隊が日本に開国求めて浦賀に来航したことを発端にして、徳川家による江戸幕府の統治体制が崩壊しました。     慶応3年(1867 …

須磨から光源氏は明石へ!明石の君との 出会いと別れ

   都を離れて1年が過ぎた頃、光源氏は、須磨を暴風雨に襲われた。 すると、生きた心地もしない光源氏の夢に、亡き父・桐壺院が現れ、ここ須磨を立ち去るように父から告げられる。     …

奥州合戦の原因から背景、結果、その後までを分かりやすく解説!

 義経は奥州平泉に逃れ、頼朝軍と戦ったというぐらいことは知っています。   後白河法皇の考えで損を食った義経だが、義経にも人徳がなかったこと、逆に朝敵となって頼朝に追われ、奥州平泉に逃れ藤原 …

美濃国岩村町の歴史ーなぜ?約830年も前に城が築かれたのか?

岩村城は源頼朝の重臣・加藤景廉が遠山荘の地頭になり、嫡男・加藤景朝(のちに改名して遠山景朝になる)が築城したのが始まりです。                                 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。