美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

11代将軍・徳川家斉の孫娘・釣姫が岩村藩に御輿入れ!しかし悲劇にあう

 尾張藩62万石のお姫様が、わずか3万石の小藩の殿さんのもとへお嫁入りされた。 その父上は・名古屋城主徳川斉荘、その父上が、なんと第11代将軍・徳川家斉です。   江戸城・名古屋城の徳川家と …

美濃國大圓寺妙心寺の歴史〜武田信玄元亀3年に高僧希菴玄密の暗殺

 岐阜県恵那郡岩村町の大圓寺(現・恵那市)は臨済宗妙心寺の大寺でした。 建武年間(1334年〜1335年)に遠山氏一族の菩提寺として岩村城の麓に創建され、遠山景前の時代に再興された。 ●以前の城下町は …

女城主の里の農村景観日本一にある民宿「茅の宿」にある「釣姫」さまのお雛様。

女城主の里(恵那市岩村町富田)の茅の宿に尾張藩釣姫のお雛さまが保存されてます。 葵の紋こそ入ってないが庄屋さんが、現・岩村の隆崇院から払いて貰ったお雛様が3月3日より4月3日まで飾ってあります。 &n …

鎌倉七口切通し道は敵の侵入を防御するために考えられた路

 鎌倉は南に海・北東西は山に囲まれ狭い地形だから、頼朝は鎌倉幕府を創ったんだろうか?     都は疫病が蔓延していて行きたくなかったか? 慣れ親しんだ湘南地方だから鎌倉に置いたんだ …

岩村城下町の歴史は天正のはじめに城下を移転した理由

 現在ある岩村城下町は天正4年ごろ、信長の臣・河尻慎吉によって移動計画が実地されました。     城下町とは、領主の居城を中心における都市の形態の一つであって、それを移転させる決断 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。