【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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歴代藩主:松平家乗・丹羽氏信・松平乗紀等移封して来た菩提寺と徳祥寺の【第一関】扁額。

投稿日:2018年4月6日 更新日:

松平家乗の龍巖寺

   徳川時代に入って初代岩村藩主松平家乗は、天正3年(1575年)生、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将、大名。

 

 

大給松平家第5代「松平真乗」の長男、母は戸田忠重の娘、正室は石川康通の娘。

 

 

子に松平乗寿(のちに老中となる)と子に松平知乗と娘(大久保教隆正室)と(知久直政正室)等がいる。

官位は従五位下、和泉守。
幼名は源次郎。

 

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天正10年(1582年)松平真乗が37歳の若さで死去したため、家督を継いだ。

 

 

天正15年(1587年)主君「徳川家康」から偏諱(へんき)を授かったので家乗と名乗った。

 

 

松平家乗は幼少の頃より家康に従い、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで東軍に与し吉田城(愛知県豊橋市今橋町)の守備に就いた功を家康からいただいた。

 

◀吉田城から岩村城へ

 

 

慶長6(1601年)に岩村城に移封(いほう)され岩村藩を立藩、当地に菩提寺久翁山龍巌寺は松平家乗によって建立された寺院で、慶長6年(1601年)家乗が上野国那波藩(群馬県伊勢崎市)から移封された時に菩提寺として開山、慶長19年(1614年)家乗は岩村城で死去すると龍巖寺境内に葬られ戒名「大聖院殿乗誉道見大居士」が与えられて居ます。

 

 

跡を継いだ松平乗寿が寛永15年(1638年)浜松藩(静岡県浜松市中区)に移封になると龍巖寺も浜松の境内を移しています。

 

 

 

浜松藩の特徴

出世城といわれた浜松城は、松平乗寿、青山宗俊、松平信祝、井上正経、水野忠邦、井上正直などが入城し、いずれも在封中に老中担っている。

 

  
▲出世城の浜松城                    ▲古道

 

美濃国岩村城2万石の大名である松平家乗の長男として松平乗寿は誕生した。

 

 

松平家徳川家とは縁戚で、十四松平(一説には十八松平)の一つでもあり三河加茂郡大給を領したので、「大給松平家」と呼ばれた。

 

 

慶長19年(1614年)3月に父が亡くなったので、その跡を継いで美濃国岩村城2万石の大名となる。
大阪夏の陣では川内枚方に出陣し、豊臣軍が出口村に堀を作って淀川の水をたたえて徳川軍の進行を妨害すると、これを埋めて進めるようにした。

 

 

寛永15年(1638年)に松平乗寿は奏者番役職を与えられると共に遠江浜松城3万6千石に移封される。
正保元年(1644年)に上野館林六万石に移封された。

 

 

慶安4年(1651年)老中となる。
明暦元年(1655年)1月26日に死亡する。
法名:源高院深誉道徹。

 

 

最初、群馬県館林市の竜岩寺に葬られたが、のちに護念寺、善導寺に改葬された。
岩村からの龍巖寺はここで廃寺となった。

 

 

松平乗寿が老中となった頃は、幼い徳川家綱が将軍を継いでいたが大奥に入り浸っており、家綱の成長に悪影響があると、大奥の発言力が増大することを恐れて、3,700人の大奥女中を解雇して建物も縮小するという思い切った政策を実行している。

 

 

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妙仙寺

次の藩主丹羽氏伊保藩(愛知県豊田市)から丹羽氏信(うじのぶ)が,寛永15年(1638年)に入封(にゅうほう)し菩提寺である大椿山「妙仙寺」を旧領岩崎(愛知県日進市岩崎)から旧龍巖寺境内に移し初代丹羽氏純(戒名:慈明院殿可山道印大居士)

 


▲岩崎城

 

2代丹羽氏信(戒名:興昌院殿桃雲宗萼大居士)、3代丹羽氏定(戒名:直指院殿性山義見大居士)、4代丹羽氏明(戒名:性覚院殿長門権刺史徳雲道海大居士)が葬られました。

 

 

元禄15年(1702年)、この年に赤穂浪士の討ち入りがありました。

 

 

5代丹羽氏音は御家騒動により高柳藩(新潟県妙高市高柳)に石高半減(2万石を→1万石)で移封となり、妙仙寺も随行しています。

 

▲岩村の乗政山にある丹羽家の墓

 

 

 

乗政山に眠る岩村城主の墓・乗政寺

   替わって、小諸(長野県小諸市)から転封(てんぽう:知行地、所領を別の場所に移すことである)した、松平乗紀 大給(おぎゅう)は、小諸にあった松石山「乗政寺」を岩村に移し、残された妙仙寺の堂宇を利用した先祖の位牌や仏像が安置されました。

 

  
▲乗政山の入り口                  ▲松平家の墓地

 

乗政寺は大給松平氏の領内菩提寺として庇護(ひご:かばって守ること)されましたが、歴代藩主は江戸菩提寺である東京(上野)の東叡山春性院に葬られ墓碑が建立されています。

 

 

かくて明治維新まで存在し、城主及び家中の菩提寺として大いに繁栄したが、

 

 

明治4年(1871年)に廃藩置県が発令されると庇護者(ひごしゃ)を失い、さらに住職がなくなった為乗政寺は廃寺に、仏像などは関係が深い岩村大通寺にある隆崇院(りゅうそういん)に移されました。

 

 
▲現在の隆崇院の入り口               ▲これが晴雲山の門

 

当寺の山号及び寺号は松平と石川の姓を一字づつとり、松石山と号し、諱(いみな)・乗政公の名をとって乗政寺とした。
晴雲山隆崇院松平家乗娘の命で建てられた浄土宗の寺院です

 

 

寛永16年(1639年)乗寿が浜松へ移封となった翌年、家乗の陵墓を護るために妙仙寺(龍巖寺跡)の西隣りに建てられた。

 

 

なお、隆崇とは、松平家乗娘の諡(おくりな)である。
隆崇院は慶応年間(1865〜1868年 / 江戸後期)に現在の場所に移された。
ここに岩村藩主松平乗命(のりとし)に嫁いだ尾張徳川の釣姫も眠っています。

 

※11代徳川将軍の孫娘になる「釣姫」の記事が上記の URLで書いてあります。

 

 

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徳祥寺にある土岐殿門の【第一関】扁額について

旧龍巖寺にもあった〔第一関〕扁額であるが、丹羽氏の時代には、菩提寺妙仙寺の本山である福巖寺の和尚月舟の筆によるものであった。

 

 

元禄15年(1702年)丹羽氏国替えとなり、妙仙寺の本寺である中津川市阿木飯沼の「禅林寺」へ預けて置き、そのままとなっていたので、乗政寺へ貰い受けて掛けていた。

 

 

※岩村町飯羽間の「徳祥寺」に岩村城から移設された「土岐殿門」があるが、ここには妙仙寺に掲げてた「第一関」扁額があります。

 


▲徳祥寺にある、これが「土岐殿門」

 

※徳祥寺は元和年間(1615〜1624年)に美濃国加茂郡蜂谷村(現在の美濃加茂市)瑞林寺七世竺源盛禅師によって創建され同寺の末寺となり長福寺といった。

 

当初は上切塚屋にあったが、火災のため現在地で再建、寺名も徳祥寺と改めた。
十世大方蘇軫禅師が天保10年(1829年)に本堂および庫裡を再興した。

 

明治五年頃(1872年)11世石牕志剛禅師のとき妙心寺に属し、妙心寺系統の寺となった。
当山の山門は明治6年(1873年)に岩村城が廃城になった城内の土岐門(第二門・土岐殿門ともいう)を譲り受け檀信徒の協力により移築したもので岩村城の遺構として貴重な建物である。

 

開山の祖・竺源禅師は最後はこの寺に住み寛永二年(1625年)に遷化した。
墓は寺内の墓地にある。

 

 

 

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