美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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家康の遺産は久能山に埋蔵金として「久能山御蔵金銀受取帳」に記されいる

   徳川家康は天文11年(1542年)岡在城にて、松平広忠と母・於大の方の間に誕生、慶長10年(1606年)将軍職を3男・秀忠に譲り駿府城に戻り、大御所として65歳〜74歳まで権力を振るったが、74 …

徳川家康の側室の一人養珠院・蔭山殿は徳川頼宣・徳川頼房を産む

 徳川家康は多くの側室を持った 家康は今川義元の人質となって、義元の縁者・姪の瀬名姫を正室として結婚をした時は、今川家にいてさすがに側室という訳には行かず遠慮してた家康だが、織田信長による桶狭間の戦い …

清少納言は中宮・定子に仕えたー紫式部は中宮・彰子に仕えた二人の関係図

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【悲運】家康の次男・結城秀康が将軍になれなかった背景

こんにちは隆太郎です。 皆さんもご存じのように、家康の長男は信康、信康は正室・瀬名から生まれたが父親に命を奪われた。     三男の・秀忠が生まれた年は、天正7年(1579年)で、 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。