美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

鎌倉幕府の滅亡​​​​と南北朝そして室町幕府の始まり

鎌倉幕府の滅亡のきっかけは、 天に守られている大蒙古国の皇帝から日本国王にこの手紙を送る、といって手紙が送られてきた。     その手紙の内容は、 昔から国境が接している隣国同士は …

岩村城の遺構がある旧家勝川家の略譜と隣にある浅見家の偉大な与一右衛門

   岩村町を散策したいと城下町を岩村駅から登っていくと、途中に“巌邑天満宮”があり、さらに“かんから屋”を左手に通り過ぎると、枡形地形の通りに出ます。     さらに登っていくと …

豊臣秀吉の最大の失敗「秀次事件」とは?豊臣家滅亡を決定づけた晩年の過ちを徹底解説

豊臣秀吉は、名古屋(尾張国)出身、晩年の政権は弟・秀長が亡くなってから情緒不安定になったのかな〜? 秀長がもう少し長く生きていれば豊臣政権続いていただろうに残念です。 百姓の身から天下人へと上り詰め、 …

徳川家康は何故高低差のある地形を利用して名古屋城を築いたのか

 御三家筆頭の尾張徳川家の居城として、慶長15年(1610年)に加藤清正・福島正則など豊臣恩顧※1の西国大名20家に命じ、天下普請として名古屋城の築城を開始し、豊臣方の包囲網と東海道の防衛を固めるとと …

中山道34番の宿場町・奈良井宿は昔の面影を残した木曽11宿にも入っています

   奈良井宿は、どんな宿場町だったか興味ありませんか? 江戸時代日本橋から京都の三条大橋をつなぐ中山道「奈良井宿」は、中山道六十九次の行程で丁度真ん中にあたる三十四番目の宿場町です。   …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。