美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2023年12月10日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
岩村城の遺構がある旧家勝川家の略譜と隣にある浅見家の偉大な与一右衛門
岩村町を散策したいと城下町を岩村駅から登っていくと、途中に“巌邑天満宮”があり、さらに“かんから屋”を左手に通り過ぎると、枡形地形の通りに出ます。 さらに登っていくと …
臨済宗妙心寺高層和尚・希庵和尚を襲撃した祟りで武田信玄の天下取りは幻に終わった
武田信玄があの時死ななかったら、天下を取っていただろうか?と記者は自問自答した。 嫌がる希庵和尚を無理やり自分の菩提寺の僧侶にしようと思ったことが運の尽き、希庵は頑として断ったため信玄は …
藤原宣孝と紫式部の歳の差婚:親子ほどの年の差は幸運だったのか
藤原宣孝は、親戚筋の官僚で父の同僚だけど幾度となく紫式部に求婚の手紙を書いていたらしいが、その度に拒否の歌を返している。 宣孝は紫式部より20歳ほども上で、何人もの女性と結 …
身長2M超?戦国最強の巨漢・大沢次郎左衛門とは何者か秀吉も驚いた怪力武将の真実
大沢次郎左衛門正秀の史料が乏しく実情がはっきりせず謎多き武将です。 生没年不詳で戦国時代の武将で、美濃国宇留魔(鵜沼)城主。 名は大沢次郎左衛門正秀、斎藤氏の家臣『寛永諸家系図伝』や『濃陽諸士伝記』に …
山城サミット恵那開催地のうち岩村城の第一門から本丸までイラスト紹介
10月22日・23日に第29回全国山城サミット恵那大会が行われました。 22日は恵那市文化センターで行われました。 なぜ、文化センターでやったのかわかりませんが、恵那市大 …
2026/06/03
武田信玄が晩年の病に抗った「隠し湯」の謎|、天下人が命を託した3つの名湯
2026/05/31
「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす
2026/05/30
【豊臣兄弟】寧々と慶の「内助の功」とは?天下人を支えた最強の義姉妹コンビの裏話
2026/05/29
【豊臣兄弟の頭脳】両兵衛の絆が生んだ奇跡と、天才軍師の遺志を継いだ「仁王丸」の知られざる戦国秘話
2026/05/26
信長があだ名を付けた丹羽長秀!安土城の偉業と壮絶な自殺の謎
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村