美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

美濃国岩村町の歴史ーなぜ?約830年も前に城が築かれたのか?

岩村城は源頼朝の重臣・加藤景廉が遠山荘の地頭になり、嫡男・加藤景朝(のちに改名して遠山景朝になる)が築城したのが始まりです。                                 …

承久の乱の戦場に幕府軍は東海道軍、東山道軍、北陸道軍の3軍で京に向かう

 3代将軍・源実朝が甥の公暁に暗殺されて、源氏将軍を失った鎌倉幕府執権の北条義時は、第4代将軍として後鳥羽上皇の皇族将軍を朝廷に要請しますが、後鳥羽上皇は義時に御家人の処分を取り消すよう要請します。 …

奥州合戦の原因から背景、結果、その後までを分かりやすく解説!

 義経は奥州平泉に逃れ、頼朝軍と戦ったというぐらいことは知っています。   後白河法皇の考えで損を食った義経だが、義経にも人徳がなかったこと、逆に朝敵となって頼朝に追われ、奥州平泉に逃れ藤原 …

北条義時の死後起きた伊賀氏の変は伊賀一族と三浦義村の陰謀かそれとも

 なんとも胡散臭い人物が、義時の継室・伊賀の方と三浦義村である。 真意の程は遠い昔話なのでわかりませんが、色々の書物などにより書いていこうと思います。     義時の死後に起きた事 …

三浦義村と北条義時と八重姫は伊東祐親の系図から来てる

   大河ドラマで「鎌倉殿の13人」を観てると、三浦義村役の山本耕史さんと北条義時と八重姫が仲がいいので、どうしてだろうと思ってたら年の差が無いのと従兄弟と叔母の関係だった。   &nbsp …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。