美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2024年2月17日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
藤原宣孝と紫式部の歳の差婚:親子ほどの年の差は幸運だったのか
藤原宣孝は、親戚筋の官僚で父の同僚だけど幾度となく紫式部に求婚の手紙を書いていたらしいが、その度に拒否の歌を返している。 宣孝は紫式部より20歳ほども上で、何人もの女性と結 …
岩村町の三森山は信仰の山、救いを求めた大圓寺・富田地区の住民たち、恵那山と天照大神。
三森山は町民の信仰の山、岩村城と並んで立っている。 その岩村町三森神社の由来と恵那山の由来。 三森神社のことを地元(現・岩村町富田)の人は、”三森さん“;とこんなふうに呼ん …
渋沢栄一・尾高惇忠が冨岡製糸場造りに関わっていたー工女尾高ゆうと和田英
そもそもなんで富岡製糸場が造られるはめになったのか? 江戸時代末期、長い間鎖国をしてきたが、鎖国政策を変えて貿易を始めて日本国を豊かにしたいと思ようになってきてからです。 …
松平元康(家康)大高城から逃れて必死でたどり着いた大樹寺
主君・今川義元が尾張国の織田信長に討たれ、残党狩で信長軍に追われた元康軍は勇み岡崎城へ帰還する前に安祥松平氏の菩提寺である・大樹寺へと足を向けた。 では大樹寺とは誰が建立した菩提寺なのか? &n …
定子の運命を変えた兄・伊周の“長徳の変”で流罪と叔父・藤原道長との関係
定子が一条天皇の中宮になったのが14歳、定子と一条天皇は従姉弟同士、後から中宮になった彰子も同じ従兄妹同士でした。 定子には、父・藤原道隆と祖父・藤原兼家の後ろ盾があった …
2024/07/27
南北朝期に足利尊氏が開いた室町幕府だが守護大名の統制に四苦八苦
2024/07/19
鎌倉幕府の滅亡と南北朝そして室町幕府の始まり
2024/06/22
伊達騒動の真相は3代城主・伊達綱宗の放蕩から4代城主・伊達綱村の隠居で終わる
2024/06/15
黒田騒動のお家騒動は家老・栗山大膳や重臣等が幕府に訴えた事件
2024/05/28
前田利家の金沢城加賀騒動をわかりやすく説明
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村