美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

「信長の年下の叔母・おつやの方と岩村城の悲劇」信玄の西上作戦に翻弄された女城主

 岩村城の遠山景任と結婚した、一説によると景任24歳、おつやの方は信長の祖父・信定の子で信長の父・信秀と兄妹の関係ですが信長より年下です、 父は織田弾正忠信定。     信定は戦国 …

応仁の乱の主な中心人物は足利義政・日野富子・細川勝元・山名宗全の関係

 室町幕府が衰退した理由とも言われる「応仁の乱」は、応仁元年(1467年)〜文明9年(1477年)の室町時代中期に発生した大規模な内乱(応仁・文明の大乱)です。     11年とい …

応仁の乱で東軍についた太田道灌は足軽の少数精鋭・奇襲・集団戦法を編み出す

   足軽は、鎌倉時代(1185年〜1333年)にはすでに存在していたと言われています。     騎馬戦や個人戦が多かった時代から、歩戦による集団戦闘が主流になった鎌倉時代末期以降 …

名刀「古今伝授の太刀」地蔵行平を細川幽斎が公卿烏丸光広に送った訳とは

細川家伝来の名刀・「古今伝授の太刀」とは? 鎌倉時代に活躍した豊後国の刀工、行平の作。     この刀は、細身で反りが高く、小峰の刀身は平安時代から鎌倉時代初期の太刀の特徴である。 …

越前の朝倉義景と織田信長と戦った朝倉家はどうして越前に本拠地を持ったか

 元亀元年(1570年)、越前国敦賀郡金ヶ崎(現・福井県敦賀市金ヶ崎町)で織田信長・徳川家康率いる「織田・徳川連合軍」と「朝倉義景」率いる「朝倉軍」が対峙したことは皆さん知っていると思いますが、多勢の …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。