美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

『豊臣兄弟!』秀長の妻・慶と嫡男・与一郎|大和豊臣家を襲った若き跡継ぎの早世劇

与一郎は秀長の実子か? 慈雲院 / 慶(ちか)の連れ子なのか? 史実はどうなのか? 豊臣秀吉の天下統一を陰で支えた、豊臣秀長(羽柴小一郎)。 実務家として冷静沈着に立ち回った秀長ですが、その私生活にお …

若き松平元康は桶狭間で人質から解放され信長と清洲同盟を結ぶ

 家康(元康)のことを知っていそうで知らない。 6歳から19歳まで今川義元に人質になっていた事は知っていると思います。     家康の幼名時代の名前が竹千代でした。 元服した時は、 …

真田昌幸の系図は武田信玄に人質生活ー正室・山手殿の出自

 真田家と岩村遠山氏との間に多少なりとも関係があった。 岩村城のおつやの方(女城主)の時代に、武田・家臣の秋山信虎と戦った女城主は、岩村合戦の時の城主が、信長の子・御坊丸だったが幼かったため。 &nb …

茶屋四郎次郎と伊賀越え!家康の危機を救った豪商の真相に迫る

慶長元年(1596年)9月19日(慶長元年閏7月27日)は、徳川家康の親信として知られる豪商・茶屋四郎次郎こと茶屋清延の命日です。 天正10年(1582年)の本能寺の変の際、堺から上洛の途にあった徳川 …

徳川家康は江戸のまちづくりは水運・風水・鬼門を考えて江戸幕府を開いた

 安土桃山時代の慶長5年(1600年)9月15日に、関ヶ原の戦いに勝った家康は慶長8年(1603年)に朝廷より征夷大将軍に任じられた。     ここで一つ確認をしてほしいことがあり …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。