美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村城の藩主邸は家康の天下泰平の願いを込めて造られた

 岩村藩になったのは徳川時代からです。 岩村藩は徳川家康の親戚の大給松平の六代目が初代の岩村藩主の殿様・松平家乗がなりました。 ※ここに松平家乗の父母の記事があります。興味ある方は上記の松平家乗をクリ …

家康の先祖・始祖の松平親氏と清和源氏がどう結びつくか?

 豊田市松平町赤原13の松平東照宮に行くと立派な建物があります。 そこには、徳川家康と松平氏の始祖・松平親氏を祀る神社「松平東照宮」があります。           ▲松平東照宮    ▲家康が産湯を …

清水宗治の生涯と最期|備中高松城の水攻めと潔き自刃のドラマ

戦国史上、最も奇妙で、最もドラマチックと言われる「備中高松城の水攻め」ではないでしょうか。 その中心舞台で、敵将である羽柴秀吉から「古今これほどの潔い切腹はない」と大絶賛された名将がいました。 それが …

赤井直正(丹波の赤鬼)の子供たち!黒井城落城後の足跡と悲劇の運命(33文字

「丹波の赤鬼」と恐れられ、織田信長や家臣・明智光秀をも苦しめた猛将・赤井直正。 黒井城の戦いで見せた勇猛さは後世まで語り継がれていますが、直正が病に倒れ、黒井城が落城した後に遺された「子供たち」がどの …

【吉川元春の教養】生涯不敗の猛将が戦場で『太平記』を書写した驚きの理由とは?

わずか12歳で初陣を飾り、数々の戦で勝利した戦国武将・吉川元春。   「戦えば必ず勝つ」と言われた圧倒的な武勇のイメージが強い元春ですが、実は文化人的な面や、冷徹な戦略家としての横顔をもち合 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。