美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

信長は難攻不落の東美濃・岩村城を落城して家康に宛てた 黒印状がでてきた

   元亀3年(1572年)8月14日、平安時代末期から美濃国東部を支配していた、遠山氏の宗家岩村城主・遠山景任が病死した。     岩村遠山氏は以前は信玄に臣従していたが、織田信 …

天空の山城・岩村城の魅力!石垣と歴史が語る日本三大山城を訪ねて

 岩村城が、なぜ「日本三大山城」に選ばれたのか? それは標高717mに築かれた山城だからです。   日本三大山城の条件として、株式会社 新人物往来社※1「日本城郭大系」※2の中に記述があり、 …

前田利家の金沢城加賀騒動をわかりやすく説明

 天文15年(1546年)年に創建された金沢御堂は、地元の大坊主衆や本願寺の坊官たちが取り仕切っていました。     この金沢御堂を制圧し入城したのが佐久間盛政でした。 佐久間は、 …

藤原宣孝と紫式部の歳の差婚:親子ほどの年の差は幸運だったのか

藤原宣孝は、親戚筋の官僚で父の同僚だけど幾度となく紫式部に求婚の手紙を書いていたらしいが、その度に拒否の歌を返している。     宣孝は紫式部より20歳ほども上で、何人もの女性と結 …

須磨から光源氏は明石へ!明石の君との 出会いと別れ

   都を離れて1年が過ぎた頃、光源氏は、須磨を暴風雨に襲われた。 すると、生きた心地もしない光源氏の夢に、亡き父・桐壺院が現れ、ここ須磨を立ち去るように父から告げられる。     …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。