美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

美濃國大圓寺妙心寺の歴史〜武田信玄元亀3年に高僧希菴玄密の暗殺

 岐阜県恵那郡岩村町の大圓寺(現・恵那市)は臨済宗妙心寺の大寺でした。 建武年間(1334年〜1335年)に遠山氏一族の菩提寺として岩村城の麓に創建され、遠山景前の時代に再興された。 ●以前の城下町は …

恵那市岩村町の秋祭りは大給本家の松平乗寿が岩村藩主2代目になって始まった

 コロナ感染で令和2年から4年まで伝統ある秋祭りが中止になり、岩村秋祭りの行列もやっと今年(令和5」年10月1・2日)で行列が行えることになって町中が浮き立っています。     こ …

秀吉の暴走を止める唯一の男—秀長という弟のブレーキ役の存在

  天下統一を成し遂げた豊臣秀吉。 その大躍進の裏には、弟・秀長の存在がありました。     知名度に比べて実像が乏しい武将は数多いですが、2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟」の主人 …

鎌倉幕府を滅亡させた足利尊氏と後醍醐天皇の新政を巡って南北朝が始まる

   鎌倉幕府がなぜ倒れたか? 原因はなんだったのか?、ある高校教科書に載っていたのは三つの原因があげられていました。     ①蒙古襲来で、御家人たちは多大な犠牲を払って奮闘した …

家臣団に嫌われるも徳川家康と本多正信との関係は良好だったは何故か?

 本多正信は通称を弥八郎と呼ばれていた。 正信の父は本多俊正で、もともと松平家の重臣・酒井忠尚の下で働いていた、忠尚が謀反を起こしたために、共に家康と戦うこともあったが、永禄7年(1564年)9月に俊 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。