美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

『豊臣兄弟!』秀長の妻・慶と嫡男・与一郎|大和豊臣家を襲った若き跡継ぎの早世劇

与一郎は秀長の実子か? 慈雲院 / 慶(ちか)の連れ子なのか? 史実はどうなのか? 豊臣秀吉の天下統一を陰で支えた、豊臣秀長(羽柴小一郎)。 実務家として冷静沈着に立ち回った秀長ですが、その私生活にお …

日本三大山城の岩村城で徳川時代の城主たちを想い岩村城下町を散策しよう

岩村町民なら岩村城は幼き頃から存在を知っている。 昭和39年に歌手の梶光夫さんが「青春の城下町」をヒットさせました。 流れる雲よ 城山に のぼれば見える 君の家 明かりが窓に ともるまで 見つめていた …

北条氏直は本当に無能だったのか?ー優しすぎた戦国大名当主の真実

 天正18年(1890年)7 月5日、北条氏小田原城開城。 関東を支配した戦国大名・後北条氏は、豊臣秀吉の小田原征伐(小田原の役)の末に、北条氏政(父)・氏直(氏政の子)が、約3ヶ月(約100日)に及 …

渋沢栄一の明治維新からの活躍と功績!年表と主な出来事

   明治2年(1869年)渋沢栄一は、妻子を静岡に呼ぶ寄せ、商法会所の頭取として経営を指摘していた。   思えばヨーロッパ留学で学んだ資本主義の仕組み、先進的な化学技術を目の当たりにして日 …

徳川家康は豊臣家の関係を断ち切るために秀頼・淀殿を滅亡に追い込む

 家康は慶長5年(1600年)において豊臣家の中で同士討ち石田三成(西軍)と徳川家康(東軍)の間で天下を二分する戦いを関ヶ原で決戦した。 いわゆる関ヶ原の戦いです。     これに …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。