美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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信長と信玄の戦いに翻弄された女城主 怨み言葉を残して信長七年後に本能寺で死す。

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岩村城下町の中心に枡形地形がある祥雲寺(庚申堂)の三基石仏。地元最古の石像物。

岩村名物「水半漬物販売店」の前の桝形地形、岩村町の中心場所。 そういえば岩村警察があった、当時商店街にはネオンサインがキラキラと灯っていた。   その反対側には昔から「八日ゑびす」をやるお宮 …

織田信長が岩村城を落としたことを喜んで、徳川家康に出した 黒印状で真実がでた。

秋山信繁とおつやの方を磔にした時の、黒印状が出てきた。 それは家康に宛てて出した、織田信長の黒印状が出てきた。 これでも岩村町教育委員会は大将陣で処刑したと言って今なを表札が立っている。   …

鎌倉時代に頼朝に遠山荘に地頭を補せられ加藤景廉が岩村に城が築いた

 我が岩村町の八幡神社に祀られてる加藤景廉と、武並神社に嫡男・遠山景朝が祀られている故郷には、10月第一土・日に武並神社から八幡神社に親子対面に行く一泊2泊の行列が催じられる。   &nbs …

天下統一を狙った織田信長が武田信玄と勢力図拡大図るためおつやの方を利用した

戦国時代の陣取り合戦、真っ只中にいた信長の叔母「おつやの方」の戦いは?        1572年10月、武田信玄が西上作戦を開始すると、秋山虎繁(秋山信友)と山県昌景は別働隊として …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。