美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康はなぜ浜松城に移ったのか?ーその後の浜松城主たちの出世は

 家康は「桶狭間の戦い」は、人質生活から解放されるキッカケとなったが、苦難の道が待ち構えていた。     大高城を離れて大樹寺、岡崎城に戻り、そして今川氏と決別した。 永禄11年( …

大阪夏の陣に参戦した浪人五人衆の武将とその他の武将の名前と指揮した大野治長

 後藤又兵衛は黒田官兵衛を支えるも、息子・黒田長政に疎まれた名将です。     その話は別の機会にしますが、まずは、大阪夏の陣に参戦した浪人五人衆とは、後藤又兵衛・長宗我部盛親・毛 …

織田信長が九死に一生を経験した金ケ崎の戦い殿を務めた池田勝正と光秀と秀吉

 尾張と美濃を統一した織田信長は、足利義昭を擁立して上洛し室町幕府を復活させた。     この後、織田信長は京都に残ることなく本拠地である岐阜へと戻ります。 信長は領国を安定させる …

五大老の1人であった徳川家康と西軍の毛利輝元は関ヶ原の戦い後どうしたか

 この2人は豊臣政権下では五大老のメンバーでしたが、関ヶ原の戦い時では徳川家康は東軍の大将、毛利輝元は西軍総大将と東西に分かれた。     西軍のメイン実行はメンバーは、石田三成・ …

三代室町幕府将軍・足利義満は勘合貿易で莫大な利益を得るも義満の死後は衰退

   室町幕府の3代将軍である足利義満は、朝廷の財政面を支援していき、朝廷は、天皇の即位や伊勢神宮の社殿造り替えなど、頻繁に臨時出費があり、資金繰りに困っていました。     以前 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。