美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

清少納言は中宮・定子に仕えたー紫式部は中宮・彰子に仕えた二人の関係図

 清少納言は、藤原道隆の娘・定子に正暦四年(993年)前後に仕えて長保3年(1001年)頃宮廷を去っています。     一方、紫式部は藤原道隆の弟・藤原道長の娘・彰子に寛弘2年(1 …

家康の遺産は久能山に埋蔵金として「久能山御蔵金銀受取帳」に記されいる

   徳川家康は天文11年(1542年)岡在城にて、松平広忠と母・於大の方の間に誕生、慶長10年(1606年)将軍職を3男・秀忠に譲り駿府城に戻り、大御所として65歳〜74歳まで権力を振るったが、74 …

徳川家康・織田信雄と秀吉の小牧・長久手の戦いは天下統一をかけた戦い

 小牧・長久手の戦いは、天正12年(1584年)に羽柴秀吉と織田信雄・徳川家康の間で行われた全国規模の戦役です。   この戦いは、信長の後継者争いや天下統一の行方を左右する重要な局面であり、 …

家康の「家」を与えられた若きプリンス大給松平家の初代岩村藩主・松平家乗

徳川家では初代である「家康」の「家」の字は将軍職を継いで行く者につけた。   徳川宗家(将軍家)の後継者のみ許された「家」の字です。 後継者でも「家」の字を使ってない徳川将軍がいます。 それ …

ガラシャの嫁ぎ先の細川家の家系図をみると清和源氏の流れを汲む血筋

   細川ガラシャが嫁いだ細川家は、加藤清正が中世城を取り込み改築した平山城で、清正改易後は細川氏が肥後熊本県の熊本城の城主で明治維新を迎えました。     また、今上天皇は父・明 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。