美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

なぜ家康は孫娘の夫・秀頼を二条城へ呼び出して会見を挑んだか?

   慶長16年(1611年)に、後陽成天皇の譲位と政仁親王(後の後水尾天皇となる、のちに秀忠の娘・和子と結婚)に即位の儀式が4月12日に執り行われる予定でした。     家康はこ …

岩村城下町の旧家・木村邸で銀河鉄道の父の映画撮影をやっていました

 岩村城下町の木村邸で2022年5・6月頃から撮影をしていました。 なんの撮影かな〜と思って聞いたけど近所の人も知らなかったけど段々分かってきた。              ▲枡形地形の所にありました …

真田幸村は大坂夏の陣で真田丸を造って徳川軍をキリキリ舞いさせる

大阪冬の陣は、慶長19年(1614年)に家康が大阪城に戦いを挑んだ戦いです。     豊臣側に参戦したのは浪人が多く、その中に、浪人五人衆(後藤又兵衛・長宗我部盛親・毛利勝永・明石 …

応仁の乱で東軍についた太田道灌は足軽の少数精鋭・奇襲・集団戦法を編み出す

   足軽は、鎌倉時代(1185年〜1333年)にはすでに存在していたと言われています。     騎馬戦や個人戦が多かった時代から、歩戦による集団戦闘が主流になった鎌倉時代末期以降 …

紫式部『源氏物語』若き光源氏を襲う波乱の設定の凄さの相関図No2

 光源氏を襲う波乱を巡る人間関係を見てみよう。 相関図No1で見るように、光源氏は桐壺帝と桐壺更衣の間に誕生したが、3歳の時に母は死んでしまう、桐壺帝は桐壺更衣を失って悲しみに沈んでいた帝であったが桐 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。