美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

渋沢栄一の明治維新からの活躍と功績!年表と主な出来事

   明治2年(1869年)渋沢栄一は、妻子を静岡に呼ぶ寄せ、商法会所の頭取として経営を指摘していた。   思えばヨーロッパ留学で学んだ資本主義の仕組み、先進的な化学技術を目の当たりにして日 …

岩村町の秋祭りは?八幡神社のいわれと武並神社のいわれ

       ▲平安朝の衣装を身にまとった岩村町の秋祭り   コロナのために二年続けて秋祭りが中止でした。(神事は行われました) 本来なら毎年10月の第一土曜・日曜日に町民上げて秋祭りが出来 …

岩村町の三森山は信仰の山、救いを求めた大圓寺・富田地区の住民たち、恵那山と天照大神。

三森山は町民の信仰の山、岩村城と並んで立っている。   その岩村町三森神社の由来と恵那山の由来。   三森神社のことを地元(現・岩村町富田)の人は、”三森さん“;とこんなふうに呼ん …

須磨から光源氏は明石へ!明石の君との 出会いと別れ

   都を離れて1年が過ぎた頃、光源氏は、須磨を暴風雨に襲われた。 すると、生きた心地もしない光源氏の夢に、亡き父・桐壺院が現れ、ここ須磨を立ち去るように父から告げられる。     …

身長2M超?戦国最強の巨漢・大沢次郎左衛門とは何者か秀吉も驚いた怪力武将の真実

大沢次郎左衛門正秀の史料が乏しく実情がはっきりせず謎多き武将です。 生没年不詳で戦国時代の武将で、美濃国宇留魔(鵜沼)城主。 名は大沢次郎左衛門正秀、斎藤氏の家臣『寛永諸家系図伝』や『濃陽諸士伝記』に …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。