美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

伊達騒動の真相は3代城主・伊達綱宗の放蕩から4代城主・伊達綱村の隠居で終わる

 伊達政宗の父は伊達氏第16代当主・伊達輝宗、母は正室の最上義守(最上氏第10代当主の娘)・義姫で、兄弟姉妹は弟・伊達政道(小次郎)天正18年(1590年)に死去、姉もしくは妹・千子姫、異母兄弟に伊達 …

家康の遺産は久能山に埋蔵金として「久能山御蔵金銀受取帳」に記されいる

   徳川家康は天文11年(1542年)岡在城にて、松平広忠と母・於大の方の間に誕生、慶長10年(1606年)将軍職を3男・秀忠に譲り駿府城に戻り、大御所として65歳〜74歳まで権力を振るったが、74 …

藤原公任は平安時代中期の公卿で歌人として高名な人物

藤原公任は、平安時代中期の公卿で、歌人として高名な人物です。 幼い頃から文化人として優れた才能を発揮し、文化や音楽、書道など、多くの分野で功績を残しました。     小倉百人一首で …

織田信長は岩村城を守った叔母・おつやを逆さ磔にした報い7年後に受ける

 天下の武将・織田信長が東美濃の岩村城とどういう関係があったのかを調べてみた。     岩村城の位置は、長野県・愛知県に近く交通機関で行くとすると、名古屋駅から出てる中央線に乗って …

秀吉の判断力が狂い始めた—文禄・慶長の役の手紙が語る「晩年の異変」

 国内統一を果たした秀吉が、なぜ、朝鮮に出兵を考えたか? 自分の考えなのか?誰かにそそのかされたのか?     全国の大名を大量動員して、文禄元年(1592年)〜文禄2年(1593 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。