美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

明智光秀の愛妻・煕子との出会、妻木城とはどんな城だったか?

妻木城は岐阜県土岐市の南部、妻木川を通って約4Km、三方を山に囲まれた小さな盆地が妻木町です。   いまでは、近辺にはゴルフ場が点在してます。     妻木城は標高409 …

前田利家の金沢城加賀騒動をわかりやすく説明

 天文15年(1546年)年に創建された金沢御堂は、地元の大坊主衆や本願寺の坊官たちが取り仕切っていました。     この金沢御堂を制圧し入城したのが佐久間盛政でした。 佐久間は、 …

本能寺の変の真実は以外やいがい斎藤利三と家康の陰謀で起こった黒幕は•••

ここに、斎藤利三という人物が現れ、それは何者で誰じゃんと読者は怪訝な顔して不思議に思う人もいるでしょう。                                 ▲斎藤内蔵助利三の図 …

明智光秀は本能寺には行ってなかった事実判明 ー 誰が実行犯か?

本当に明智光秀は”敵は本能寺“と言って信長のいる本能寺に攻めて行ったのか? 光秀は本当に信長を恨んでいたか?     自分が天下を取りたくて織田信長に謀反を起こしたというのが定説に …

淀殿と豊臣家の滅亡|もし豊臣秀長が生きていたら徳川幕府はなかった?

豊臣秀長が長生きていたら天下を左右した参謀の可能性があるかもしれない?徳川幕府もなかったかもしれない?     小一郎(豊臣秀長)は、天下人・豊臣秀吉の異母弟として知られています( …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。