美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

定子の運命を変えた兄・伊周の“長徳の変”で流罪と叔父・藤原道長との関係

 定子が一条天皇の中宮になったのが14歳、定子と一条天皇は従姉弟同士、後から中宮になった彰子も同じ従兄妹同士でした。     定子には、父・藤原道隆と祖父・藤原兼家の後ろ盾があった …

竹千代の誕生後1歳半で父・広忠と母が離縁後6歳〜19歳まで人質生活を送る

 家康といえば天下を取った「たぬき親父」という印象の方が多いことでしょう?     家康のことは知ってるようで知らない、江戸城を築いたり名古屋城は家康の子・徳川義直(九男)のために …

比企能員は頼家の乳母父だが3代将軍を巡って北条氏と対立して滅亡

 鎌倉幕府、第2代将軍・源頼家の時、比企能員は、13人の合議制の一人となった。     初代将軍・源頼朝を支えたが51歳で急死、2代将軍・源頼家の乳母父のため頼家を支えて権勢を握っ …

承久の乱で御家人を動かした北条政子の神演説で後鳥羽上皇軍を破った

           ▲加藤景廉一族の墓(沖の原五輪の塔)   我が故郷の岩村城の祖の加藤景廉が、頼朝より地頭を賜ったのに、承久の乱後、加藤景廉が亡くなった。 承久3年(1221年)8月3日没。 &n …

家康は上杉征伐の途中小山評定で各大名に東軍か西軍どちらに着くかを確かめた

   徳川家康は7月24日、上杉景勝を討伐するために会津に向かっていた途上、下野国小山に本陣を置いた。     その時、石田三成挙兵の報せが入り、翌25日、急遽 家康は本陣に諸将を …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。