美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康は徳川家の未来を優先して正室・筑山殿と嫡男・信康を犠牲にした苦悩

 ときは天正7年(1579年)の夏、遠州三河で思いもよらない衝撃な事件が起きてしまった。     どういう事件かというと家康の正室・筑山殿と嫡男・信康の死という事件です。 &nbs …

応仁の乱の主な中心人物は足利義政・日野富子・細川勝元・山名宗全の関係

 室町幕府が衰退した理由とも言われる「応仁の乱」は、応仁元年(1467年)〜文明9年(1477年)の室町時代中期に発生した大規模な内乱(応仁・文明の大乱)です。     11年とい …

ガラシャの嫁ぎ先の細川家の家系図をみると清和源氏の流れを汲む血筋

   細川ガラシャが嫁いだ細川家は、加藤清正が中世城を取り込み改築した平山城で、清正改易後は細川氏が肥後熊本県の熊本城の城主で明治維新を迎えました。     また、今上天皇は父・明 …

平安時代の藤原氏の四家で勝ち残って摂関政治を手中に握った北家の藤原道長 

   紫式部は藤原北家良門流の越後守・藤原為時の娘で、母は摂津守・藤原為信の娘であるが、幼少期に亡くしたと言われるが、生きた時代は、藤原氏の全盛期にあたります。     もともと藤 …

岩村城下町の歴史は天正のはじめに城下を移転した理由

 現在ある岩村城下町は天正4年ごろ、信長の臣・河尻慎吉によって移動計画が実地されました。     城下町とは、領主の居城を中心における都市の形態の一つであって、それを移転させる決断 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。