美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

金ヶ崎の戦いで輝いた秀吉の殿!弟・秀長が兄を救った感動の奮戦記

 豊臣秀長は、まだ最初の頃は小一郎と呼ばれ、兄・秀吉(最初は木下藤吉郎)を陰で支え続けた補佐役だった。     目立つ派手な武功こそ少ないが、歴史を動かす重要な場面で「これは」とい …

大給松平宗家は「十四松平」の一つ徳川家康は東美濃岩村藩を置いた

 武家の家が発展するには、分家が欠かせない、例えば、室町幕府を開いた足利尊氏は、清和源氏の流れを汲み、足利(現・足利市)に地名の足利の姓で本拠を置いた。     でも、松平氏の場合 …

11代将軍・徳川家斉の孫娘・釣姫が岩村藩に御輿入れ!しかし悲劇にあう

 尾張藩62万石のお姫様が、わずか3万石の小藩の殿さんのもとへお嫁入りされた。 その父上は・名古屋城主徳川斉荘、その父上が、なんと第11代将軍・徳川家斉です。   江戸城・名古屋城の徳川家と …

水戸藩士の天狗党が集結して中山道大井宿に現れ南下一橋慶喜によて終結

 天狗党の乱は、元治元年(1864年)に筑波山で挙兵した水戸藩内外の尊王攘夷派(天狗党)によって起こされた一連の争乱。   ▲回天神社(天狗党の乱参加者が越前敦賀で降伏した後に囚われた鰊倉( …

岩村城の最前線だった飯場間城の遠山氏が苗木へ入城 Part2

恵那の遠山諸氏が室町幕府の奉公衆※1であった時代、苗木、明知、岩村以外に飯場、櫛原、阿木、馬籠、藤などの遠山氏がいた。 ※1.奉公衆とは、​​室町幕府に整備された室町官職の一つである。将軍直属の軍事力 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。