美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

渋沢栄一パリ帰還後徳川慶喜に会いに行って静岡藩に勤務を命じる

 将軍・慶喜にパリ万博を進められ、将軍の弟・徳川昭武の随員として渋沢栄一(当時は篤太夫)がパリ万博へ、幾人もの王・銀行家・貴族らの西洋人との接点を得てきて学んできた。     日本 …

中津川市の阿木城は岩村城を守る遠山十八城の一つであった

 阿木城跡ってどこにあるんですか?という質問がよくあるんですが、 阿木字大門前(見沢地区)にあります。     阿木八幡神社裏の小高い山が阿木城跡です。 登り口は恵那ディーゼル横の …

紫式部の生い立ちは文学者の父・藤原為時の教えで教養を身につける

紫式部はの『源氏物語』は、パリのユネスコ本部で、日本人としてただ一人世界の偉人として選ばれています。     シーザーやゲーテと並んで世界の文化に貢献した人として、紫式部は世界的な …

江戸時代の三大お家騒動は加賀騒動・黒田騒動・伊達騒動と他のお家騒動19件

江戸時代の大名家では、藩主やその一族、家老などの一団の領袖となりうる立場の人間が派閥を作りあげて内紛を繰り広げた例が数多くあります。     そのような事象が脚色されて、歌舞伎・狂 …

豊臣秀長(小一郎)は信長から褒美をもらった?「ハゲネズミ」の兄・秀吉を支えた100万石の正体と信長の評価<

信長は、秀吉より弟・小一郎の方が使えると確信していった。 小一郎(豊臣秀長)は信長から褒美をもらった?直接は貰っていませんが、信長は、小一郎の但馬統治を見て『こいつは使える』と確信した。 それが後の1 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。