美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

紫式部『源氏物語』若き光源氏を襲う波乱の設定の凄さの相関図No2

 光源氏を襲う波乱を巡る人間関係を見てみよう。 相関図No1で見るように、光源氏は桐壺帝と桐壺更衣の間に誕生したが、3歳の時に母は死んでしまう、桐壺帝は桐壺更衣を失って悲しみに沈んでいた帝であったが桐 …

岩村城の石垣は阿木川から持ってきて六段壁・本丸・出丸作った

 岩村城の案内をすると、岩村城の規模は一の門内の本城のみをいうと周囲1,2 55m、本丸は東西31m、南北66m。     二の丸は東西58m、南北63mあり、他に出丸、東曲輪、帯 …

日本三大仇討の一つ伊賀で二十九年目に親・兄の仇を討った石井兄弟

 明治以前は許されていたが、今の世は仇討ちは許されていない。 仇討ちで超有名な話は、浅野内匠頭が殿中で刀を抜いて吉良上野守に切りかかった話などは大方の国民が知っています。     …

遠山氏は美濃東部の岩村城に本拠地を置き菩提寺大圓寺に希庵和尚を迎える

  建武2年(1335年)に岩村城主の遠山三郎が、遠山一族の総力を結集して菩提寺の大圓寺を建立した。 大圓寺は、建武2年(1335年)から戦国時代の末期の元亀3年(1572年)まで美濃国恵那 …

家康の「家」を与えられた若きプリンス大給松平家の初代岩村藩主・松平家乗

徳川家では初代である「家康」の「家」の字は将軍職を継いで行く者につけた。   徳川宗家(将軍家)の後継者のみ許された「家」の字です。 後継者でも「家」の字を使ってない徳川将軍がいます。 それ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。