美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

江戸を震撼させた忠孝の鏡と称された江戸時代の美談!石井兄弟・源蔵と半蔵の仇討ち

 日本三大仇討ちはご存じでしょうか? 一つは、鎌倉時代の「曽我兄弟の敵討ち」内容は富士の鷹狩りで工藤祐経討った事件です。     もう一つは、寛永11年(1634年)の「鍵屋の辻の …

家臣団に嫌われるも徳川家康と本多正信との関係は良好だったは何故か?

 本多正信は通称を弥八郎と呼ばれていた。 正信の父は本多俊正で、もともと松平家の重臣・酒井忠尚の下で働いていた、忠尚が謀反を起こしたために、共に家康と戦うこともあったが、永禄7年(1564年)9月に俊 …

豊臣秀吉・秀長の母・大政所の生誕地は尾張愛知御器所村

 愛知県名古屋市から出た三英傑の一人豊臣秀吉の、幼少の頃の史料があまり無いのではっきりしたことはわかりません。 秀吉を支えた弟・小一郎(秀長)も同様です。     2026年1月か …

淀殿と豊臣家の滅亡|もし豊臣秀長が生きていたら徳川幕府はなかった?

豊臣秀長が長生きていたら天下を左右した参謀の可能性があるかもしれない?徳川幕府もなかったかもしれない?     小一郎(豊臣秀長)は、天下人・豊臣秀吉の異母弟として知られています( …

【豊臣兄弟】秀長を陰で支えた妻・慶(ちか)とは?知られざる「もう一人の内助の功」

豊臣秀吉の天下統一を陰で支え、「天下の補佐役」と称えられた大和宰相・豊臣秀長。 そんな秀長を一番近くで支え続け、生涯をともに歩んだ妻・慶(ちか/慈雲院)をご存知でしょうか?   秀吉の正室・ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。