美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

鎌倉武士の鏡・畠山重忠!義父・北条時政の策略にはまって一族滅亡する

 北条時政は、主君・源頼朝亡き後、今まで忠臣を貫いてきたが、後妻・牧の方に操られ権力の牙をムクムクと剥いてきた。     正治2年(1200年)梶原景時を追放、建仁3年(1203年 …

鎌倉七口切通し道は敵の侵入を防御するために考えられた路

 鎌倉は南に海・北東西は山に囲まれ狭い地形だから、頼朝は鎌倉幕府を創ったんだろうか?     都は疫病が蔓延していて行きたくなかったか? 慣れ親しんだ湘南地方だから鎌倉に置いたんだ …

大給松平宗家は「十四松平」の一つ徳川家康は東美濃岩村藩を置いた

 武家の家が発展するには、分家が欠かせない、例えば、室町幕府を開いた足利尊氏は、清和源氏の流れを汲み、足利(現・足利市)に地名の足利の姓で本拠を置いた。     でも、松平氏の場合 …

廃藩置県後の岩村城下町は?川を挟んだ侍屋敷と商家の地域

 観光客の多くの皆様は商家の城下町の方を歩いていますが、岩村の町はお城ができて約830年の歴史がある町です。     そのため岩村川を挟んで侍屋敷も幾多の地区にあったし、城山の麓に …

美濃岩村藩に初代・松平家乗の父・松平真乗と母・興正院はどんな人か

   慶長5年9月15日に主戦場・関ヶ原で家康と石田三成が戦った地域、これにとなって全国各地で戦が行われた ※上記の全国各地をクリックしてもらうと東濃の関ヶ原といえる関連記事があります。よかったら読ん …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。