美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

義経の愛刀の名前を徹底調査!自害した短刀の名前は?

   源義経といえば、牛若丸。 牛若丸といえば、源頼朝の弟で平家を滅ぼし活躍した人物です。 義経の愛した刀の名前を徹底調査!自害した時の短刀の名前は? その牛若丸の父・源義朝が平治の乱で殺害され、鞍馬 …

源義経が兄・頼朝との関係を激怒させてしまった行動とは

   義経というと、京の五条大橋の上で、弁慶が1000本目の太刀を取ろうと思い戦ったけど、逆に負かされて家来になったという話は知っています。     弁慶は実在の人物だったのか? …

織田信長の「黒母衣衆・赤母衣衆」とは?その違い・役割・代表的武将を解説

   織田信長といえば、革新的な戦術と大胆な人事で知られる戦国武将です。 その信長の軍団の中でも、ひときわ異彩を放っていたのがエリート集団の「黒母衣衆」・「赤母衣衆」と呼ばれる精鋭部隊で、一言でいえば …

信長の叔母おつやの方が武田の秋山虎繁と4度目の結婚した時の年齢は

 時期は不明だが、信長は叔母・おつやの方を岩村城主・遠山景任の元に嫁がせた、3度目の政略結婚で縁戚関係を結ぶなど、複数の勢力に属する関係を築いていた。     一方武田信玄は、弘治 …

信長は難攻不落の東美濃・岩村城を落城して家康に宛てた 黒印状がでてきた

   元亀3年(1572年)8月14日、平安時代末期から美濃国東部を支配していた、遠山氏の宗家岩村城主・遠山景任が病死した。     岩村遠山氏は以前は信玄に臣従していたが、織田信 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。