美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2018年3月12日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
信長の父・織田信秀の成長で覇権を手中に入れー道三と和睦し帰蝶を嫁にした
あなたも知っている天下人織田信長の父であり、尾張の虎と称されていた武将・織田信秀とは。 室町時代の末期、尾張国(現・愛知県西部)の下級武士だったとき、尾張国の周辺には、斎 …
比叡山延暦寺を焼き打ちにしたのは浅井・朝倉が逃げ込んだだけか?
姉川の戦いで敗れた浅井・朝倉軍は、その後どうなったか? 一般的に、浅井長政・朝倉義景は「姉川の戦い」で自害したと思っているでしょう。 ところが自害したのは、天正元年(1573年)7月、北近江の城 …
鎌倉七口切通し道は敵の侵入を防御するために考えられた路
鎌倉は南に海・北東西は山に囲まれ狭い地形だから、頼朝は鎌倉幕府を創ったんだろうか? 都は疫病が蔓延していて行きたくなかったか? 慣れ親しんだ湘南地方だから鎌倉に置いたんだ …
【豊臣兄弟】寧々と慶の「内助の功」とは?天下人を支えた最強の義姉妹コンビの裏話
豊臣秀吉・秀長「豊臣兄弟」の激動の出世街道と、それを文字通り「内と外」から支え続けた寧々(ねね/おね)と慶(ちか )秀長を支えたキーパーソンとして描かれることが多い女性)。 「二人の関係性(義姉妹)」 …
中山道宿場町の大井宿は名古屋尾張藩の領地になったわけ
徳川時代以前は大井村は岩村領だったけど、関ヶ原の戦いで家康が勝利し西軍に加担した岩村城主・田丸直政の土地を取り上げ区分けしたときに幕領になった。 岩村城は遠山景朝が遠山荘 …
2026/05/31
「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす
2026/05/30
2026/05/29
【豊臣兄弟の頭脳】両兵衛の絆が生んだ奇跡と、天才軍師の遺志を継いだ「仁王丸」の知られざる戦国秘話
2026/05/26
信長があだ名を付けた丹羽長秀!安土城の偉業と壮絶な自殺の謎
2026/05/24
豊臣秀長が京都大仏をわずか10ヶ月で完成!「最高の右腕」の現場力
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村