美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

徳川家康の側室の一人養珠院・蔭山殿は徳川頼宣・徳川頼房を産む

 徳川家康は多くの側室を持った 家康は今川義元の人質となって、義元の縁者・姪の瀬名姫を正室として結婚をした時は、今川家にいてさすがに側室という訳には行かず遠慮してた家康だが、織田信長による桶狭間の戦い …

源頼朝・足利尊氏もルーツは同じ清和天皇の血を継ぐ第3代の足利義満は日本の王を目指した

 鎌倉時代をつくった源頼朝、源頼朝を四代さかのぼった源義家の九代目の子孫が足利尊氏です。     足利家が武家の名門だったかというと、先祖・足利義兼が源頼朝の従兄弟だったため、足利 …

応仁の乱が幕開け戦国時代の始まりとなった東軍・細川勝元&西軍・山名宗全が激戦

 応仁の乱とは、室町時代に日本で起こった内乱の一つです。 室町幕府の将軍後継や有力大名の家督争いに端を発し、東軍に細川勝元・西軍に山名宗全ら諸大名が分かれ10年以上に亘って京都を中心に戦を繰り広げた無 …

豊田市にある奥殿陣屋の歴史は第6代大給松平宗家の実弟・松平真次が始祖

 豊田市の松平東照宮に行くと、下記のパンフレットが貰えます。    ▲貰ったパンフレットの表紙です。     パンフレットを見ると東照宮の横に奥殿陣屋がありますが、横と言っても最短 …

家康の三河一向一揆はなぜ起き家臣まで敵方に付いたかを詳しく説明

 桶狭間の戦いで主君・今川義元が信長に討たれてしまう。 これは家康にとって吉と出るか凶と出るかの分かれ目であったに違いない。     元康は本隊から離れて鷲津・丸根砦の陥落後大高城 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。