美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

女城主おつやは降伏の条件で敵将に求婚された絶世の美女長良川で磔死

   こんにちは岩村町出身の歴史好きの隆太郎です。  岩村町には、今から約830前の鎌倉時代からの岩村城の歴史が残っています。     例えば、加藤景廉が山上村の邑長と会って、思案 …

岩村城下にある大将陣と大将塚 ー丹羽氏建立の五仏寺建立

 岩村町にある岩村城は、なんと言っても今から約830年前に、加藤景廉の嫡男・遠山景朝がお城山に砦を築いたのが始まりです。                                   …

実業家となった渋沢栄一の家系図と子孫達の活躍

 明治になって日本を代表する実業家となった渋沢栄一は、最初の妻・尾高千代がコレラに罹って亡くなったのが明治15年(1882年)、後妻は伊藤兼子で明治16年(1883年)で、二人の間に七人の子に恵まれ多 …

頼朝の愛妾亀の前後妻打ちで政子の嫉妬心表面化

 頼朝の女好きが政子を恐妻にしてしまった。 ”鎌倉殿の13人“で、亀の前と頼朝が深い関係であったと記憶してしている方が多いと思いますが、どいう女性だったのか、あまり深くは知らない。   そこ …

勝者・秀吉の挫折と 蟹江合戦局地戦で敗北直後に書かれた新発見書状の意味

   賤ヶ岳の戦いで秀吉と組んでいた信長の次男・織田信雄が、秀吉の勢力拡大に対して、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と織田信勝が徳川家康に助力を依頼して二手に分かれて戦ったのが「小牧・長久手の戦い」です。 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。