美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

紫式部『源氏物語』若き光源氏を襲う波乱の設定の凄さの相関図No2

 光源氏を襲う波乱を巡る人間関係を見てみよう。 相関図No1で見るように、光源氏は桐壺帝と桐壺更衣の間に誕生したが、3歳の時に母は死んでしまう、桐壺帝は桐壺更衣を失って悲しみに沈んでいた帝であったが桐 …

細川ガラシャ越前国から細川家に嫁いでキリシタンに染まるまでの人生

細川玉(ガラシャ※1)はどこで生まれたか? ※1.ガラシャというように呼ぶようになったのは、明治期にキリスト教徒などが彼女の洗礼名をとって「細川ガラシャ」と呼ぶようになり、現在でもこのように呼ばれる場 …

北条義時の死後起きた伊賀氏の変は伊賀一族と三浦義村の陰謀かそれとも

 なんとも胡散臭い人物が、義時の継室・伊賀の方と三浦義村である。 真意の程は遠い昔話なのでわかりませんが、色々の書物などにより書いていこうと思います。     義時の死後に起きた事 …

no image

武田信玄×織田信長の戦いの場であった美濃国岩村城とは?

こんにちは、隆太郎です。 生まれ生国は美濃国岩村城下町。岩村高校を卒業するまではお城山には無関心でした、ある時期歴史に関心を持ち始めました。           なぜ女城主なんだろ …

豊臣秀長(小一郎)は信長から褒美をもらった?「ハゲネズミ」の兄・秀吉を支えた100万石の正体と信長の評価<

信長は、秀吉より弟・小一郎の方が使えると確信していった。 小一郎(豊臣秀長)は信長から褒美をもらった?直接は貰っていませんが、信長は、小一郎の但馬統治を見て『こいつは使える』と確信した。 それが後の1 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。