美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

父・信虎を追放して武田晴信の領土拡大は120万石となって各地に城を築く

戦国武将の武田信玄の領地は、甲斐国を中心に信濃国・駿河国・上野国・飛騨国・美濃国・三河国・遠江国の一部など、9ヶ国に及びました。     最盛期には120万石の領土を有し、武田信玄 …

応仁の乱を皮切りに戦国時代の前哨戦となるか?細川・山名両氏の戦いで火蓋をきる

  日本には戦国時代と呼ばれる時代がありました。 特に人気の高い時代です。 ですが、歴史区分に戦国時代っていう区分はありません。     日本には、縄文時代→弥生時代→古墳時代(大 …

美濃国岩村町の歴史ーなぜ?約830年も前に城が築かれたのか?

岩村城は源頼朝の重臣・加藤景廉が遠山荘の地頭になり、嫡男・加藤景朝(のちに改名して遠山景朝になる)が築城したのが始まりです。                                 …

大阪夏の陣に参戦した浪人五人衆の武将とその他の武将の名前と指揮した大野治長

 後藤又兵衛は黒田官兵衛を支えるも、息子・黒田長政に疎まれた名将です。     その話は別の機会にしますが、まずは、大阪夏の陣に参戦した浪人五人衆とは、後藤又兵衛・長宗我部盛親・毛 …

名家の嫁から謀反人の娘:明智光秀の娘・細川ガラシャの悲劇的な生涯と子供達

細川ガラシャの子供達とは、父・明智光秀の孫たちである。 明智珠(玉)と、彼女の夫である細川忠興の間に生まれえた子供です。     彼らは明智光秀の孫として、本能寺の変やキリスト教の …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。