美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

三好三人衆・三好宗渭の執念|信長との死闘から豊臣秀頼に殉じた百歳

「かつての宿敵・三好三人衆・三好宗渭が、なぜ豊臣秀吉・秀頼親子に仕え、最期まで忠義を尽くしたのか」という、歴史の皮肉とロマンが詰まった部分をメインに据えた記事を作成しました。   戦国史上、 …

豊臣秀長(小一郎)は信長から褒美をもらった?「ハゲネズミ」の兄・秀吉を支えた100万石の正体と信長の評価<

信長は、秀吉より弟・小一郎の方が使えると確信していった。 小一郎(豊臣秀長)は信長から褒美をもらった?直接は貰っていませんが、信長は、小一郎の但馬統治を見て『こいつは使える』と確信した。 それが後の1 …

岩村町の女城主の里!古地図を見ながら史跡を巡ろうーBの章

Aの章では職人の町、上町(本町一・二丁目)を紹介しましたが、Bの章では岩村城下町のメインの通りとなります。     こうして昭和初期の地図を見ると、岩村町は商店が多くあったんだな〜 …

【豊臣兄弟の窮地】安土築城の光と手取川の惨劇中!妻・慶が隠し続けた「背中の傷」と禁断の秘密

信長から褒美として羽柴の名を名乗り長浜城という拠点を手に入れた。 「豊臣兄弟」が、有能な家臣等を集める中、織田信長が天下統一を突き進むにあたり信長の嫡男・織田信忠への代替わりを行い信長は、象徴ともいえ …

波乱の生涯だった家康の生い立ちと天下を取る過程を簡単に説明

 家康は父・松平家第八代の松平広忠17歳と母・於大の方15際のとき三河で生まれ、幼名を竹千代となったが、3歳(実質1歳半)で父が母と離縁した。     母はその後、阿久比城の久松俊 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。