美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

長岡藩家老の河井継之助が最後のサムライといわれる男の生きざま

 慶応三年(1867年)260年余り続いた徳川幕府が、政権を放棄する大政奉還により終焉する。     そして諸藩は旧幕府軍と新政府軍の東西に分かれ戊辰戦争が始まる。 越後長岡藩家老 …

源頼朝の死の原因は落馬か怨恨か暗殺か病気説か謎だらけ

   頼朝は朝廷政治から武家政治に変えた人物で、武家政権が徳川末期まで続いた。 なのに源頼朝のドラマ・映画はないですね。     何故かと言うと、頼朝が先頭に立って戦ったという武勇 …

北条氏直は本当に無能だったのか?ー優しすぎた戦国大名当主の真実

 天正18年(1890年)7 月5日、北条氏小田原城開城。 関東を支配した戦国大名・後北条氏は、豊臣秀吉の小田原征伐(小田原の役)の末に、北条氏政(父)・氏直(氏政の子)が、約3ヶ月(約100日)に及 …

中山道宿場町の大井宿は名古屋尾張藩の領地になったわけ

 徳川時代以前は大井村は岩村領だったけど、関ヶ原の戦いで家康が勝利し西軍に加担した岩村城主・田丸直政の土地を取り上げ区分けしたときに幕領になった。     岩村城は遠山景朝が遠山荘 …

短かった岩村城主・田丸直昌ー秀吉の恩義を貫いた男の中の男、本物の武士。

田丸直昌って城主って? 岩村城主の在職は短く八ヶ月、どいう武将っだったか?   田丸氏は、伊勢国の国司で北畠の庶流で、5代北畠政郷の4男・顕晴が度会郡田丸城に入り田丸氏を名乗ったことに始まる …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。