美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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渋沢栄一・尾高惇忠が冨岡製糸場造りに関わっていたー工女尾高ゆうと和田英

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徳川家康は江戸のまちづくりは水運・風水・鬼門を考えて江戸幕府を開いた

 安土桃山時代の慶長5年(1600年)9月15日に、関ヶ原の戦いに勝った家康は慶長8年(1603年)に朝廷より征夷大将軍に任じられた。     ここで一つ確認をしてほしいことがあり …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。