美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康の三河一向一揆はなぜ起き家臣まで敵方に付いたかを詳しく説明

 桶狭間の戦いで主君・今川義元が信長に討たれてしまう。 これは家康にとって吉と出るか凶と出るかの分かれ目であったに違いない。     元康は本隊から離れて鷲津・丸根砦の陥落後大高城 …

家康は本能寺の変が起きたとき堺にいて伊賀ルートで逃げれたか?黒幕説を検証

   徳川家康は織田信長暗殺に関わっていたのか、関わっているとしたらどういうふうに関わってたのか?それとも無関係なのか。 戦国最大のミステリーです。     家康は信長によって正室 …

三代室町幕府将軍・足利義満は勘合貿易で莫大な利益を得るも義満の死後は衰退

   室町幕府の3代将軍である足利義満は、朝廷の財政面を支援していき、朝廷は、天皇の即位や伊勢神宮の社殿造り替えなど、頻繁に臨時出費があり、資金繰りに困っていました。     以前 …

信長・秀吉・家康の歳の差と出身地と3英傑のホトトギスで性格を見てみよう

尾張国は三英傑を出した地です。 誰でも知っている信長・秀吉・家康の三名です。     それぞれ生き方、人の使い方は一長一短ですが、あなたなら誰が好みでしょうか?   &n …

勝者・秀吉の挫折と 蟹江合戦局地戦で敗北直後に書かれた新発見書状の意味

   賤ヶ岳の戦いで秀吉と組んでいた信長の次男・織田信雄が、秀吉の勢力拡大に対して、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と織田信勝が徳川家康に助力を依頼して二手に分かれて戦ったのが「小牧・長久手の戦い」です。 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。