【日本三大山城】美濃国岩村城の歴史と日本史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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日本三大山城の岩村城で徳川時代の城主たちを想い岩村城下町を散策しよう

2018/11/15   -大給松平家, 岩村城主

岩村町民なら岩村城は幼き頃から存在を知っている。 昭和39年に歌手の梶光夫さんが「青春の城下町」をヒットさせました。 流れる雲よ 城山に のぼれば見える 君の家 明かりが窓に ともるまで 見つめていた …

岩村城下町の中心に枡形地形がある祥雲寺(庚申堂)の三基石仏。地元最古の石像物。

2018/10/29   -城下町, 岩村城

岩村名物「水半漬物販売店」の前の桝形にそういえば警察があった、当時商店街にはネオンサインがキラキラと灯っていた。 その反対側には昔から「八日ゑびす」をやるお宮庚申堂がある。 そこは祥雲寺というれっきと …

半分、青いのロケ地が武田信玄×織田信長の戦いの場であった岩村城

2018/10/11   -未分類

こんにちは、隆太郎です。 生まれ生国は美濃国岩村城下町。岩村高校を卒業するまではお城山には無関心でした、ある時期歴史に関心を持ち始めました。         遠山家最後の城主・遠山景任亡き後 …

臨済宗妙心寺高層和尚・希庵和尚を襲撃した祟りで武田信玄の天下取りは幻に終わった

2018/09/30   -未分類

武田信玄があの時死ななかったら、天下を取っていただろうか?と記者は自問自答した。   嫌がる希庵和尚を無理やり自分の菩提寺の僧侶にしようと思ったことが運の尽き、希庵は頑として断ったため信玄は …

江戸時代に創設された恵那三十三霊場をぶらっと遍路して心身共にリフレッシュ、No2

2018/09/24   -未分類

春に行けなかった、残り第1番から第10番と客番2寺を紹介します。   以下、恵那三十三霊場の第1番〜第10番と客番※1。 恵那の恵那三十三霊場を1日で廻るのは、車で走ってお参りをして来るなら廻れるけど …

岩村町の秋まつりは加藤景角と遠山景朝のまつりと岐阜県無形民俗文化財の獅子舞

岩村町の秋祭りは加藤景廉と息子遠山景朝の対面絵巻。 当時の衣装で城下町を二日間かけて繰り広げる。     八幡神社と武並神社のお祭り、この『岩村町の秋まつり』は、毎年 10月の第1 …

徳川時代の初代岩村藩城主は大給松平家宗家出身、小藩ながら家康の親戚三河の松平家

徳川時代によく使われる、大給(おぎゅう)とう言葉は何だろう。 初代岩村城主松平家乗は家康から一字を貰って家乗と名乗っている。 二代目岩村城主は松平乗寿までは大給松平家宗家。   それから丹羽 …

岩村城主遠山景任、おつやの方を正室に娶り(めとり)二人の間には姫がいた。

一般的には遠山景任とおつやの方の間に子はいないと知られている。 が・・・まさか?と思われるが実は姫がいた! それも美形の姫がいた、その姫は淵に身を投げた。     戦国時代の女性は …

岩村城下町の歴史は、信長の家臣の川尻鎭吉によって岩村城を中心に武家屋敷と東西に本通りが造った。

2018/08/10   -未分類, 源 頼朝, 牧之郷

岩村町の東には八幡神社に加藤景廉が・西の武並神社には遠山景朝が神として祀られている。   岩村の町は、下の図のように東西に伸びています。東へ行けば上村町(現・上矢作から信州)西へ行けば大井( …

天下統一を狙った織田信長が武田信玄と勢力図拡大図るためおつやの方を利用した

戦国時代の陣取り合戦、真っ只中にいた信長の叔母「おつやの方」の戦いは?        1572年10月、武田信玄が西上作戦を開始すると、秋山虎繁(秋山信友)と山県昌景は別働隊として …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。