美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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大給城とは松平乗元を祖とする大給松平宗家ー徳川家康と親戚一族

   徳川時代によく使われる、大給(おぎゅう)とう言葉は何だろう。 初代岩村城主松平家乗は家康から一字を貰って家乗と名乗っている。 二代目岩村城主は松平乗寿までは大給松平家宗家。   それか …

遠山氏の明知城は景朝の次男・遠山景重が築城し末裔に遠山金さん現れる

 いきなり遠山景朝といっても、この人物は何者じゃと思いますよね。 美濃国岩村城の祖は加藤景廉ですが、景廉が頼朝より恵那地方の遠山荘の地頭に捕されたので、景廉に代わり、その岩村に来て住んで城を築いたのが …

家康の松平氏の家系図の中で大給松平家はどういう位置付けだったか

 松平家といっても、家康の先祖、初代・松平親氏系統の松平家の他いっぱい松平家があります。 大給家は、松平家の庶流で、第四代・松平親忠の次男の松平乗元を祖とする一族で、家康は三男の松平長親(第五代)の系 …

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家康が将軍職を秀忠に譲って駿府城をなぜ最後の棲家にしたのか?

 慶長10年(1605年)4月16日に家康は、側室・お愛の方との間に生まれた三男・秀忠に将軍職を譲り駿府に引っ込んでしまった?     せっかく天下統一を果たした家康なのに最後まで …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。