美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村城の遺構がある旧家勝川家の略譜と隣にある浅見家の偉大な与一右衛門

   岩村町を散策したいと城下町を岩村駅から登っていくと、途中に“巌邑天満宮”があり、さらに“かんから屋”を左手に通り過ぎると、枡形地形の通りに出ます。     さらに登っていくと …

須磨から光源氏は明石へ!明石の君との 出会いと別れ

   都を離れて1年が過ぎた頃、光源氏は、須磨を暴風雨に襲われた。 すると、生きた心地もしない光源氏の夢に、亡き父・桐壺院が現れ、ここ須磨を立ち去るように父から告げられる。     …

江戸を震撼させた忠孝の鏡と称された江戸時代の美談!石井兄弟・源蔵と半蔵の仇討ち

 日本三大仇討ちはご存じでしょうか? 一つは、鎌倉時代の「曽我兄弟の敵討ち」内容は富士の鷹狩りで工藤祐経討った事件です。     もう一つは、寛永11年(1634年)の「鍵屋の辻の …

松平信康の切腹はなぜ起きたかの真相を詳しく追求ーその後子供や五徳は?

 松平元康(家康)が今川義元の人質生活のとき、義元の姪の瀬名姫と結婚して、長男・長女を授かった。     その長男が、竹千代(信康)は、永禄2年(1559年)3月6日、松平家康の長 …

岩村町の夏祭りは熱い「承久の乱」の藤原信能を祀ってある若宮神社

巌邑神社(若宮神社)に後鳥羽上皇の忠臣・一条宰相中将藤原信能卿が承久の乱で敗れて捕らえられ岩村城主・遠山景朝に斬首され合原に亡骸が祀ってある。     これは、後鳥羽上皇が鎌倉幕府 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。